6/25と7/2 BS朝日で放送されます。グリンランド編には私も出てます。
お決まりの介護通い
高齢の親を持つとお決まりの介護通いで一時富山に帰省しています。梅雨入り前に現れる立山(薬師岳)の雪形がよく見えます。黒い部分を何かに見立てる春先の雪形が有名ですが、六月のこの時期は残雪部の白い雪形になるのが特徴です。
実家の整理も兼ねてますが、なんでこんなに物が多いのかとイライラすることもしょっちゅうです。そこを、別荘に来て好きなようにデコってくつろぐ、というくらいの発想の転換でしのぐことにしました。今回は田舎の旧家にありがちな高い天井の作りを逆手に取って、吹き抜け風のリビングにアレンジしてみました。次はどこに手を入れようかと考えると、介護や掃除の面倒さも軽減できそうです。
介護がてらにまだらボケっぽいの父親の昔語りに付き合っていると、「え”ぇ!っ」と驚くようなことを口にすることがたまにあります。今日は「わだばゴッホになる」という言葉で有名な世界的版画(板画)家の棟方志功の習作が寺のお堂のどこかにあるので見かけたらちゃんと取っておいてくれ、というものでした。
棟方志功が戦時中に富山県福光町に疎開していたことはよく知られています。でも、おやじの昔語りによれば、志功が富山県内で最初に居着いたのは上市町で、富山弁で「カッチャ」と呼ばれる水車小屋を間借りして陶芸と墨書に打ち込んでいた、というのです。磨崖仏で有名な大岩山日石寺に籠もって研鑽を積んでいた、とも語っていました。確かに志功の板画には不動明王をモチーフにした作品がいくつかありますので、上市との繋がりがあることは確かでしょうけれど、その当時の作品が実家にもあるらしいというのは驚きでした。 志功に水車小屋を貸していた主がうちの檀家だったかなにかの縁なのだそうです。
夕刻から催される大学の式典のために今日中に帰京しなければならず、お堂を捜索するまでの時間はなく、気になったので東京に向かう新幹線の中でネット情報をいろいろ検索してみました。大岩不動のこと以外は志功と上市町との関係を示すものは見つけられていません。また、戦後に陶芸家との協働で窯名や包み紙の意匠を多数手掛けていたらしいという事はうっすらわかりかけてはきたものの、自らも陶芸をやっていた時期があるという情報も得られませんでした。
まだらボケっぽくなって、思い込みや要領を得ない一人語りが多くなってきたオヤジですが、内容を丁寧に解読してみると意外に正しいことを言っていたり鋭い洞察を含んでいたりするのです。何度も繰り返し語るのに付き合うのはしんどい面もありますが、今のうちに聞いておくべきこともたくさんあるのではないかと思っています。
次の介護帰省は思わぬ宝探しとなりそうです。
実家の整理も兼ねてますが、なんでこんなに物が多いのかとイライラすることもしょっちゅうです。そこを、別荘に来て好きなようにデコってくつろぐ、というくらいの発想の転換でしのぐことにしました。今回は田舎の旧家にありがちな高い天井の作りを逆手に取って、吹き抜け風のリビングにアレンジしてみました。次はどこに手を入れようかと考えると、介護や掃除の面倒さも軽減できそうです。
介護がてらにまだらボケっぽいの父親の昔語りに付き合っていると、「え”ぇ!っ」と驚くようなことを口にすることがたまにあります。今日は「わだばゴッホになる」という言葉で有名な世界的版画(板画)家の棟方志功の習作が寺のお堂のどこかにあるので見かけたらちゃんと取っておいてくれ、というものでした。
棟方志功が戦時中に富山県福光町に疎開していたことはよく知られています。でも、おやじの昔語りによれば、志功が富山県内で最初に居着いたのは上市町で、富山弁で「カッチャ」と呼ばれる水車小屋を間借りして陶芸と墨書に打ち込んでいた、というのです。磨崖仏で有名な大岩山日石寺に籠もって研鑽を積んでいた、とも語っていました。確かに志功の板画には不動明王をモチーフにした作品がいくつかありますので、上市との繋がりがあることは確かでしょうけれど、その当時の作品が実家にもあるらしいというのは驚きでした。 志功に水車小屋を貸していた主がうちの檀家だったかなにかの縁なのだそうです。
夕刻から催される大学の式典のために今日中に帰京しなければならず、お堂を捜索するまでの時間はなく、気になったので東京に向かう新幹線の中でネット情報をいろいろ検索してみました。大岩不動のこと以外は志功と上市町との関係を示すものは見つけられていません。また、戦後に陶芸家との協働で窯名や包み紙の意匠を多数手掛けていたらしいという事はうっすらわかりかけてはきたものの、自らも陶芸をやっていた時期があるという情報も得られませんでした。
まだらボケっぽくなって、思い込みや要領を得ない一人語りが多くなってきたオヤジですが、内容を丁寧に解読してみると意外に正しいことを言っていたり鋭い洞察を含んでいたりするのです。何度も繰り返し語るのに付き合うのはしんどい面もありますが、今のうちに聞いておくべきこともたくさんあるのではないかと思っています。
次の介護帰省は思わぬ宝探しとなりそうです。
50年前からタイムスリプ?
なるべく混まないうちにと早朝出勤している地下鉄の車輌で、ピシッと折り目の付いた学生服姿の青年と乗り合わせました。刈り上げ頭で黒光りする革靴を履いて革の学生鞄を提げ、学帽を脇にはさんで直立不動で木田元著の「現代の哲学」を読んでいました。50年前からタイムスリプしてきたのか!と思いましたけれど、ぱんぱんにふくらんだかばんの隙間からノートパソコンらしきものが見えましたので、やっぱり現代の若者なのでしょう。本学の学生かなぁとも思いましたが、私よりも先に乗って行ってしまったのでどうなのかは不明です。
長嶋さんの思い出話
本日、大学役員が駆り出された行事に出席したところ、来賓で参加されていた弊大学野球部OB会会長の小早川さんから、思いがけず長嶋さんとの思い出話を聞くことができました。野球愛溢れるエピソードに生前のお姿が偲ばれるとても良いお話でした。ご冥福をお祈りいたします。
多摩キャンパス恒例のゼミBBQ
シャクナゲの紅と新緑が目にまぶしい30℃超えの皐月の多摩キャンパスで恒例のゼミBBQでした。北大から移ってホームシックにならずに済んだのも、こういうことができるキャンパスだったことが大きな要因なのは確かです。
現役中最後の総説
帰宅したのが昨夜遅くだったのに、今朝は早くから理事会のために市ヶ谷に参内し、午後は本拠地多摩へと移動、という東京縦断の一日です。多摩キャンパスのレターボックスをのぞいたら、できたてほやほやの地学雑誌が届いていました。南極越冬から帰国して早々に開催された2023年春の地理学会で企画された寒冷地形関係のシンポジウムをまとめた特集号です。拙稿「南極氷床変動史研究から大規模氷床融解メカニズムの解明へ (菅沼・澤柿, 2025)」も掲載していただいていますが、現在の我が身を思うと、おそらく自分にとって現役中最後の総説になるだろうと思われます。
この特集号の巻頭言(目代・苅谷)には「寒冷地形談話会はこれまで、1980年代からほぼ10年おきに研究成果を学会誌で特集号を組んでまとめてきた」との紹介があります。私がこのコミュニティにお世話になるようになったのは大学院に進学したての1990年代からですが、実際にコントリビュートすることができるようになったのは2001年に日本で開催された国際地形学会議からで、そのときのシンポジウムの特集号として企画されたZeitschrift für Geomorphologie, Supplementaly Isuuesに名前が出てくるのが最初でした。
その次の2010年代のまとめ特殊号では、当時取り組んでいた日高山脈の氷河作用研究の最後のほうの成果を掲載してもらいました。その論文では幌尻岳七つ沼カール底に分布する恵庭-aテフラについての新事実を提示して、それまで最終氷期前・後半の亜氷期の堆積物が累重する日本で唯一の露頭といわれていた氷河堆積物に新解釈を与えたのでした。これにより、ポロシリ亜氷期とトッタベツ亜氷期の模式地を示したとして地理評で歴代最多クラスの引用数を誇ると評されてきた小野・平川 (1975)論文を、ほぼ40年ぶりにリバイスしたのでした。実はそのことはあまり知られていないのがちょっと残念なのですが、昨年には日高山脈が国立公園に昇格したこともあって、日本第四紀学会設立70周年記念事業の一環で企画されている本の原稿ではしっかりと強調しておいたところです。最近「北海道の脊梁 日高山脈(https://www.kyodo-bunkasha.net/items/105523595)という本が出版されたのですけど、北大山岳部を中心とした登山史や最近のアクティビテイが主題のため(https://aach.ees.hokudai.ac.jp/…/AACHBlog/details.php...)、氷河地形などの学術的な面に関してはイマイチなところがあって、ここに専門家がいるのに、と、やや不満だったりもします。でも、それはまた別のところで書こうと思います。
ということで、今回届いた地学雑誌特集号では、私のもう一つのメインテーマである南極氷床変動の研究に関して、日本の南極観測隊が切り拓いてきた最新の研究成果とグローバルな研究の展開についてレビューしています。実は10年以上出しそびれていた秘蔵のデータにもようやく日の目をみさせてあげることができています。これも、この企画をお世話された方々をはじめとして、今回むりやり寒冷地形に引き込んだ形になった菅沼さんたちの精力的な研究のおかげです。越冬隊長として現場調査のお手伝いができたことも幸いだったと思っています。
次の10年は次の若い世代におまかせすることにしましょう。
この特集号の巻頭言(目代・苅谷)には「寒冷地形談話会はこれまで、1980年代からほぼ10年おきに研究成果を学会誌で特集号を組んでまとめてきた」との紹介があります。私がこのコミュニティにお世話になるようになったのは大学院に進学したての1990年代からですが、実際にコントリビュートすることができるようになったのは2001年に日本で開催された国際地形学会議からで、そのときのシンポジウムの特集号として企画されたZeitschrift für Geomorphologie, Supplementaly Isuuesに名前が出てくるのが最初でした。
その次の2010年代のまとめ特殊号では、当時取り組んでいた日高山脈の氷河作用研究の最後のほうの成果を掲載してもらいました。その論文では幌尻岳七つ沼カール底に分布する恵庭-aテフラについての新事実を提示して、それまで最終氷期前・後半の亜氷期の堆積物が累重する日本で唯一の露頭といわれていた氷河堆積物に新解釈を与えたのでした。これにより、ポロシリ亜氷期とトッタベツ亜氷期の模式地を示したとして地理評で歴代最多クラスの引用数を誇ると評されてきた小野・平川 (1975)論文を、ほぼ40年ぶりにリバイスしたのでした。実はそのことはあまり知られていないのがちょっと残念なのですが、昨年には日高山脈が国立公園に昇格したこともあって、日本第四紀学会設立70周年記念事業の一環で企画されている本の原稿ではしっかりと強調しておいたところです。最近「北海道の脊梁 日高山脈(https://www.kyodo-bunkasha.net/items/105523595)という本が出版されたのですけど、北大山岳部を中心とした登山史や最近のアクティビテイが主題のため(https://aach.ees.hokudai.ac.jp/…/AACHBlog/details.php...)、氷河地形などの学術的な面に関してはイマイチなところがあって、ここに専門家がいるのに、と、やや不満だったりもします。でも、それはまた別のところで書こうと思います。
ということで、今回届いた地学雑誌特集号では、私のもう一つのメインテーマである南極氷床変動の研究に関して、日本の南極観測隊が切り拓いてきた最新の研究成果とグローバルな研究の展開についてレビューしています。実は10年以上出しそびれていた秘蔵のデータにもようやく日の目をみさせてあげることができています。これも、この企画をお世話された方々をはじめとして、今回むりやり寒冷地形に引き込んだ形になった菅沼さんたちの精力的な研究のおかげです。越冬隊長として現場調査のお手伝いができたことも幸いだったと思っています。
次の10年は次の若い世代におまかせすることにしましょう。
夕陽に染まった剱岳
もう連休は明けてますが、親の体調不良のために急遽滞在を一日延ばしていました。これから遅い新幹線で帰京します。夕刻に開催されたネット会議を終えて家を出たところ夕陽に染まった剱岳がそびえていました。ここから通勤できたらいいんですけどねぇ。
僧ケ岳の雪形
連休も終盤になって、ようやく、年老いた両親の様子をみに帰郷する時間ができました。北陸新幹線はトンネルが続くため、上田を過ぎたあたりからは、残雪の北アルプスを望める少ないチャンスを逃さないように車窓にずっと張り付きっぱなし。親不知を過ぎたあたりで僧ケ岳の雪形がはっきりと見えました。この雪形が現れると里では田植えが進みます。数年前に作った実家の定位置から剱岳を眺めて一息ついています。
五月の風を通しています
今日は昨日の雨がうそのようなスカっとした五月晴れ。多摩キャン執務室の窓を全開にして五月の風を通しています。
実はこれにはちょっとわけがあって、昨夕に帰宅したらあちこちにじんましんが出ました。急遽医者に看てもらったところストレスかハウスダスト系のアレルギーだろうとの診断でした。長らく開かずの間だった多摩の執務室は確かに怪しいし、ストレスのほうも身に覚えがあるしで、両方の原因を取り除くべく、祝日ですけども多摩キャン執務室にやってきたわけです。
まずはバルサンをたいてダニ退治。その後空気の入れ換えで窓全開。ヤフオクで安く競り落としたウィングバックチェアに腰掛けてお気に入りの音楽を聞きながら緑を眺めてストレスを発散しています。これで治ってくれるとよいのですけど。
気持ちよい青空の下でお昼ご飯にしようとキャンパス内散歩にでかけてきました。「犬も歩けば棒に当たる」ということで、掲示板に貼ってあった素敵なポスターが目に留まりました。本学へバスを通わせてくれている神奈川中央バスが導入した連節バスが晩秋の夕暮れ時の多摩キャンパスから下校する学生たちを乗せて出発する様子を描いています。神奈中バスが策定している2030までの長期ビジョンの一環で作成されたポスターだそうで、うちもHOSEI2030という中期ビジョンの真っ最中だし、どこも同じように経営しているのだなぁと思ったりもしています。
このポスターの作者が誰なのか調べてみたら、「つちもちしんじ」さん(https://shinjitsuchimochi.wixsite.com/wabisabipop)という多摩美出身の〝新〟版画家の作品だということが分かりました。広報東京都2024年6月号の表紙(https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/2024/06/index.html)など、なかなか味のある画を作成されています。
多摩キャンのこの作品はどこから見た構図なのかをつきとめるべくプチ探検に出かけてみました。おそらく円芝の上からなのだろうと結論づけました。この位置はけっこう縁までよらないといけないので気をつけないといけません。
執務室の窓が見える円芝の上でランチしてもどってきました。
実はこれにはちょっとわけがあって、昨夕に帰宅したらあちこちにじんましんが出ました。急遽医者に看てもらったところストレスかハウスダスト系のアレルギーだろうとの診断でした。長らく開かずの間だった多摩の執務室は確かに怪しいし、ストレスのほうも身に覚えがあるしで、両方の原因を取り除くべく、祝日ですけども多摩キャン執務室にやってきたわけです。
まずはバルサンをたいてダニ退治。その後空気の入れ換えで窓全開。ヤフオクで安く競り落としたウィングバックチェアに腰掛けてお気に入りの音楽を聞きながら緑を眺めてストレスを発散しています。これで治ってくれるとよいのですけど。
気持ちよい青空の下でお昼ご飯にしようとキャンパス内散歩にでかけてきました。「犬も歩けば棒に当たる」ということで、掲示板に貼ってあった素敵なポスターが目に留まりました。本学へバスを通わせてくれている神奈川中央バスが導入した連節バスが晩秋の夕暮れ時の多摩キャンパスから下校する学生たちを乗せて出発する様子を描いています。神奈中バスが策定している2030までの長期ビジョンの一環で作成されたポスターだそうで、うちもHOSEI2030という中期ビジョンの真っ最中だし、どこも同じように経営しているのだなぁと思ったりもしています。
このポスターの作者が誰なのか調べてみたら、「つちもちしんじ」さん(https://shinjitsuchimochi.wixsite.com/wabisabipop)という多摩美出身の〝新〟版画家の作品だということが分かりました。広報東京都2024年6月号の表紙(https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/2024/06/index.html)など、なかなか味のある画を作成されています。
多摩キャンのこの作品はどこから見た構図なのかをつきとめるべくプチ探検に出かけてみました。おそらく円芝の上からなのだろうと結論づけました。この位置はけっこう縁までよらないといけないので気をつけないといけません。
執務室の窓が見える円芝の上でランチしてもどってきました。