最近の投稿で、私自身はすでに研究代表者、いわゆるPIとして先頭に立つ活動からは少しずつ遠のいている、と書きました。しかし、研究そのものから離れたわけではありません。若い研究者たちの挑戦を後押ししつつ、ともに議論しながら共同研究を進めてはいます。そしてありがたいことに共著者としても加えてもらっています。
このたび、その一つの成果として、南極氷床の周辺部に存在する「氷縁湖」を南極全域にわたって調べた論文が、学術誌『Polar Science』で出版されました。2026年7月25日付でオンライン公開されていますので、興味のある方はご覧ください。
Hata, S. et al. (2026): An inventory of ice-marginal lakes over Antarctica from 2017 to 2022 using Sentinel-2 imagery, Polar Science, 49, 101414. DOI: 10.1016/j.polar.2026.101414
https://www.sciencedirect.com/…/abs/pii/S1873965226000599
かつて毎日新聞に、私が南極研究にのめり込んでいった「なれそめ」をたどるような紹介記事を書いていただいたことがあります。「一度行ったらやめられない 見つけた水流の跡、センセーション」という、少々気恥ずかしくなるような見出しの記事でした。2021年12月に掲載されたものですが、現在も毎日新聞のウェブサイトで公開されています(有料記事のため、全文を読むには購読が必要です:https://mainichi.jp/articles/20211207/dde/012/040/015000c)。
この記事にもあるとおり、初めて南極で越冬した1993年、氷から解放された岩盤の上に「とい状の滝」のような地形が残されているのを偶然見つけました。水で削られたように見える地形が、水の流れないはずの極寒の南極に、なぜ存在しているのか。その単純な疑問を追究していくうちに、かつて南極氷床の底で大量の水が流れるイベントが起きていたのではないか、という仮説を立てるに至りました。その仮説は学位論文へとつながり、やがて私のライフワークになりました。しかし、発表した当時は「そんなことはありえない」と、ずいぶん否定されたものです。新聞記事では、投稿した論文を何度も退けられたことや、その後、南極氷床の下に巨大な湖が存在することが明らかになり、少しずつ私の研究にも光が当たるようになった経緯が紹介されています。
あれから30年以上の月日が流れました。その間、南極氷床の安定性を理解するためには、氷床の表面で起きていることだけでなく、氷と岩盤が接する底面の状態、とりわけ水の存在と動きを知ることが重要だという問題意識を軸に研究を続けてきました。南極だけでなく、ヒマラヤ、パタゴニア、グリーンランドなどにも赴き、地形調査、熱水掘削、氷河湖決壊、リモートセンシングなど、さまざまな手法による研究に取り組んできました。
さて、今回出版された論文の対象である「氷縁湖」とは、氷床や棚氷と、氷から露出した岩盤との境界付近に形成される湖のことです。平たくいえば、南極氷床の周縁にできる「水たまり」ですが、その規模はさまざまで、なかには相当量の水を蓄えているものもあります。しかし、これまでその全体像は十分に明らかにされていませんでした。
今回の研究では、2017年から2022年までの南半球の夏に撮影されたSentinel-2衛星画像を用い、南極の17地域から417の氷縁湖を抽出しました。その総面積は約493平方キロメートルで、87%が東南極に分布していました。また、湖の形態を、氷でせき止められた湖、モレーンでせき止められた湖、岩盤に囲まれた湖など、五つのタイプに分類しました。
なかでも興味深いのは、確認された湖の約4分の3が、氷床や氷河そのものによってせき止められた「氷河せき止め湖」だったことです。氷河でせき止められているということは、氷床の縁辺部の水の行き先が、地形だけでなく現在の氷の状況によって強く支配されていることを示しています。氷縁湖は、陸上の一般的な湖のように、いつも静かに水をたたえているとは限らず、氷の状態が変わると、短期間に一気に湛水が排出されたり、排水された水が氷の下へ流れ込んだりする可能性があるのです。実際、筆頭著者である波多さんたちの研究チームは以前、昭和基地に近い「かみの谷池」で、大規模な排水現象が起きたことを明らかにしています。
今回の論文は、そのような個々の氷縁湖の排水現象の記載から一歩進んで、もっと広域的な視点から、南極のどこにどのような氷縁湖が存在するのかを、統一した基準によって南極全域にわたって整理したものです。いわば、これから湖の変化や排水現象を監視していくための「基礎台帳」をつくったような研究なのです。今回作成したインベントリは、今後、極寒の南極における氷河湖決壊や融け水の循環、さらには氷床下の水文システムを研究するための出発点になるでしょう。氷床の下で起きている水の動きを直接観測することは、現在でもきわめて困難ですが、かわりに氷床の縁にある湖の水位変化や排水前後の変化を追うことで、目には見えない氷床下の水の通り道を知る手がかりが得られるかもしれません。
30年以上前、私は岩盤に残された水流の痕跡から、かつて氷の下を流れた水の存在を想像しました。当時は、過去の地形から目に見えない水の流れを推測するしかありませんでした。現在では、人工衛星によって南極全域を見渡し、水の存在を一つずつ地図に記録できるようになりました。研究の対象も方法も大きく広がりましたが、「南極の氷と水は、どのようにつながっているのか」という問いは、私のなかでずっと一本につながっています。
若いころに立てた仮説が、そのままの形で正しかった、と言いたいところですが、科学というものはそう単純な話ではありません。新しい観測によって仮説が修正され、別の研究者の視点や新しい技術が加わりながら、少しずつ実像に近づいていく営みです。それでも、最初の越冬で見つけた小さな水流の跡から始まった問いが、世代を越えた共同研究として今も続いていることには、少なからず感慨があります。
論文を主導した波多さんをはじめ、共同研究者の皆さん、そして研究を支えてくださった多くの方々に感謝したいと思います。