沢柿 教伸
Takanobu Sawagaki Ph.D.
博士(環境科学)
法政大学 社会学部

記憶とは何か、気概とは何か

連休中の実家の片付けで掘り当てたMacintosh Plusですが、東京の研究室に送って、久しぶりにケースを開けてみました。実はこの筐体を開腹するには、奥まった穴の先にあるネジを外すための「なが〜いトルクスドライバ」が必要です。そんな専用品もなぜか自分の工具箱にはいっていたりします。こういう「専用道具」を後生大事に取ってあるあたりに、我ながら、Macユーザー40年歴の業の深さを感じます。
 開腹してまず見てみたかったのは、噂に名高い、筐体の内側に刻まれたMacの製造スタッフたちのサインです。量産品の裏側の、外からは決して見えない場所に、作り手たちの痕跡がそのまま残っている。伝説のサインを実際に目の当たりにしてみて、これは単なる工業製品ではなく、「自分たちの作品を世に送り出す」という気概の時代だったのだな、と胸を打たれました。そして、このコンパクトな筐体の中に、ブラウン管、ロジックボード、電源基板が驚くほど密に詰め込まれているのを見て、「よくこれをこのサイズに収めたな……」と感心することしきり。
 ケースの内側に隠されたサイン群を見て、南極基地の梁に残された歴代観測隊の銘板のことをふと思い出しました。「ここに、確かに人がいた」という痕跡であり、南極観測を絶やさずにつないできたリレーランナーたちの存在の証でもありました。それらを見るたびに、自分たちも先輩たちに負けず、基地と観測を守り抜かねば……と、気持ちを引き締めたものです。噂によれば、そうした銘板の類いも、近年の基地改修の過程ですっかり一掃されてしまったのだとか。時代の流れといえばそれまでですが、せめて誰かの手元に、記憶として戻っていてくれたら、とも思います。
 Mac Plus開腹の儀に際して、記憶とは何か、気概とは何か……そんなことを、しばらく考え込んでしまいました。

物の居場所をもう一度探す作業

実家の片付けをしていると、ときどき「どうしたものか」と手が止まる品が出てきます。父たちの世代の交友範囲には、割と叙勲者が多かったようで、季節ごとに記念品が届いており、菊の御紋をあしらった品々が結構出てきます。こういうのは畏れ多くて処分してよいものか毎回迷います。
 この花立ても、その一つでした。菊の御紋入りなのに加えて、金属のシリンダーが三本だけ、という不思議な意匠です。普通の花を入れると、どうにも落ち着かない。処分するには惜しいけれど、活かし方も分からず、「保留箱」に放り込んでいました。
 ふと、この季節の菖蒲……いや、あやめ? の造花を挿してみたところ、急に腑に落ちました。すらりと立つ茎の線が、そのまま器の直立したフォルムと響き合うのです。なるほど、この花立ては、華やかな盛り花ではなく、一本の“姿”を見せるための器だったのでした。
 実家整理というのは、単なる廃棄作業ではなく、「物の居場所をもう一度探す作業」なのだなと思います。

SONY CF-5950

実家の片付けをしていたら、納戸の奥から、ずいぶん久しぶりの“黒い箱”が出てきました。SONY CF-5950。1976年発売ですから、今年でちょうど50年になる計算です。
 恐る恐る電源を入れてみたところ、なんと、普通に動くではありませんか。ダイヤル照明が灯り、メーターの針が静かに振れ、スピーカーからは、あの少し乾いた昭和の音が流れ出しました。
 もちろん半世紀分の老いはあります。カセットデッキのフタを留めるツメは折れていて閉まらないので、緑色のテープで押さえています。けれど、その姿が妙にしっくりくるのです。完全無欠ではないけれど、まだ現役で世界につながろうとしている。
 中学時代、電話級アマチュア無線技士の免許を取って、無線にもずいぶん熱中しました。夜な夜な電波を飛ばし、遠くの局と交信していた時代です。しかし、高校受験、そして大学受験が近づくにつれ、送信機の電源は封印されました。交信を始めると、どうしても時間が溶けていく。CQを出し、応答があり、ラグチューが始まれば、もう勉強どころではありません。
 それでも電波の世界から完全には離れられず、机の横には、このCF-5950が置かれていました。深夜、問題集を開きながら、短波帯のSSBを追う。BFOを微妙に合わせ、フェージングと雑音の向こうから浮かび上がる、人の声とも機械音ともつかない信号に耳を澄ます。静まり返った夜。暖房の音。ノートに鉛筆をはしらせる音。そして、スピーカーから流れる「ピーギャー」という独特のSSB音。あのころの深夜ラジオには、不思議な伴走感がありました。自分は富山の片隅で受験勉強をしているのに、電波の向こうには、どこか別の世界が確かに存在している。その気配だけで、少し息ができました。
 いまの時代、世界はスマホの中にあります。けれど昔は、世界のほうがノイズの海を越えてこちらへ漂着してきていました。周波数を少しずつ追い込みながら、雑音の底から声を拾い上げる。それは「情報を得る」というより、遠くの存在を感じ取る行為だったのかもしれません。
 実家じまいの途中で、また妙なものを掘り当ててしまいました。ゴミの地層から発掘されたのは、古いラジカセではなく、“あの頃の深夜”そのものでした。

窓いっぱいの剱岳

昨日までの春の嵐が去り、端午の節句は見事なピーカンに。空気がひと段階澄んだようです。
山はどうやら雪だったようで、白と紺のコントラストがぐっと深くなっています。
暑くもなく寒くもなく、いちばん動ける季節。
この機を逃さず、実家の整理を一気に進めています。
窓いっぱいの剱岳をおかずに、デコったリビングで昼のひと休み。

草むしり、庭木の剪定、屋根裏に積もった不要品の外だしなど、よく働いた一日でした。♪今日の業をなしおえて♪…ドボルジャーク《新世界より》第二楽章を、思わず口ずさみたくなる夕暮れです。 代掻きを終え、田植えを待つ田んぼの水面に、アーベントロートの剱岳が静かに映り込んでいます。特徴的な塔は、母校の小学校。この春で廃校になりました。

Mac Plusが40年ぶりに

大型連休にはいって帰省し、あいかわらず実家の片付け。まったく終わりの見えないエンドレス地獄です。新緑の田園風景と、残雪に輝く立山連峰の雄姿だけが救いです。  今回は思い切って、これまで避けてきた旧家屋のほうに着手しました。全体像を把握しようと“宝探し”をしていたら、なんと、大学3年のときに大枚はたいて買ったMac Plusが出てきました。マウスのケーブルは切れ、キーボードは行方不明。それでも「80MB」のハードディスクが一緒に出てきたのには思わず苦笑いしてしまいました。これで卒論を書いたんですよね。まだ学生がワープロを使うようなこともなく、地質図は色鉛筆で塗っていた時代です。Mac Drawで描いた柱状図が妙に受けていました。  映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーII』で骨董品扱いされ、『スタートレックIV』では、マウスをマイクのように握って「コンピュータ?」と話しかけてしまう、あのマシンです。いまや「Hey Siri」と呼びかけるのが当たり前になったことを思うと、あのとき映画で見た未来に、現実が静かに追いついてきたのだなという感慨が湧いてきます。  私のMac遍歴はこのあと、エポックメイキングなところでいえば、SE/30、PowerBook 140、PowerPC、Duo、初代iMac、G4、Mini、Air、M1、そしてNeoへと続いていきます。  発掘したPlusちゃんに電源を入れてみると、「ポーン」という音はしたものの、ブラウン管は沈黙したままでした。外側だけを生かして、中身をMac mini(M4)と液晶モニタに入れ替えてやって、オブジェとして蘇らせてみようか……そんなことを考えています。  折しも今年はApple創業50周年、そしてMacintosh Plus発売から40年。自分の時間もまた、きちんと堆積しているのだなと、妙に納得しています。

Erosion?

イヤこれマズイでしょ。素晴らしいインフォグラフィックではあります。ただ私が授業で使うなら4つめの図はGravity ErosionではなくMass Wastingにしますね。なぜなら、地形学の厳密な定義では、侵食には水、風、氷などの物質を運ぶ媒体が必要だからです。重力は「媒体」ではなくむしろ「力」としてとらえるべきだと思います。

初夏を思わせる日和

多摩キャンパスで新入職員研修会が開催され、冒頭の役員講話を担当するため、朝から出校です。研修会場に通じる一角に、小さな幟を飾りました。
 屋外は真っ青な空に新緑が目にまぶしく、初夏を思わせる日和。思わず外でお弁当を広げたくなります。
桜の開花はやや遅めでしたが、その後の季節の進みはむしろ早く、体感としては平年より半月ほど先を行っているように感じます。

JARE70周年

1956年に第1次隊が出発し年明けの1957年に昭和基地が開設された日本の南極観測は今年で70周年を迎えます。国立極地研究所を中心に記念事業が実施されますし、7月からは日本科学未来館にて特別展「大南極展」が開催の予定です。
JARE50周年のときには私は昭和基地にいました。当時科学未来館の館長をされていた毛利衛氏らの視察団を昭和基地でお迎えしたのが懐かしいです。そのときは上野の科博で南極展が開催されていましたが、その会場からの衛星回線中継で生まれたばかりの息子と対面させてもらいました。あの越冬中に生まれた息子ももう成人です。月日のたつのがなんと早いこと...

春うららの高原リゾート

今日は新任教員をあつめた研修会が多摩キャンパスで開催されているので土曜日出勤です。私の出番はないのですけど、春うららの高原リゾート気分で、執務室でたまった仕事をしています。多肉植物から伸びた花芽の先が開花しました。キャンパスの日向にはフデリンドウも咲き始めています。ちょっと早いですが端午の節句の演出もはじめました。

海自が南極観測から撤退

うすうす聞いてはいましたが、ついに「ふじ」就航以来砕氷船を運航してきた海自が南極観測から撤退ですか...記事にもあるように、運航を引き継ぐJAMSTECのほうが柔軟に事業計画の策定することが可能なのは確かだろうとは思います。また、これまでの知見を生かすために経験ある自衛官を約30人程度支援派遣するとのことなので、そこも不安はなさそうです。いっそのこと、昭和基地の運営・管理も民間に委託にしてもよいのかも。ペンギン饅頭号の登場も夢ではなさそう。

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