越冬最後の日

早朝の便でドーム帰路先発隊のうちの3人が昭和基地に戻ってきた.手空きの人員でヘリポートで出迎え,再会を喜び,これまでの労をねぎらう.

今日で47次越冬隊の昭和基地管理期間が終了する.管理棟や居住区の大掃除や個室の荷物整理など,48次隊に明け渡すための最終作業.次の隊に気持ちよく引き継いでもらうために丹念に掃除.

image昼食後に衛星受信に関わった仲間で記念撮影.今後は衛星受信担当隊員枠がなくなるので,事実上私が最後の衛星受信担当隊員となる.それでも,大型アンテナの使用は続くため,メーカーのNECから派遣される設営隊員枠は今後も続くし,VLBIやL/Sバンド衛星受信は地圏,気水圏,宙空隊員の手によって継続される.

今日は越冬終了日であると同時に月末日でもあり,観測の月末締めもしなければならない.水素メーザーのステータスや衛星受信データのチェック,越冬中の様々な記録が保存されているWikiサーバーの切り替えなど,これだけは今日でなければできない,という仕事をこなしていたら,もう一日が過ぎていた.もう少しのんびりと過ごそうかと思っていたんだけど,結局,なにかとあわただしい最終日となってしまった.

居住棟の書庫を整理していて,越冬開始当初に読もう読もうと思っていたうちの一割も読めていないことに気づいた.ネット情報が簡単に得られ,DVDやビデオが大量にある環境では,個室に籠もって読書三昧,という感じでもなくなってしまったからだろう.野外に出るのが忙しかった,という背景もある.

むしろ,これから乗り込むしらせでの6週間は,ネットも使えないし,ビデオもそんなにあるわけでもないし,読書に向ける時間がたっぷり取れそうな感じ.娯楽本に関しては,昭和基地よりも帰路の船上のほうがずっと需要があるように思える.でも,船上の図書ぞろえは,とっても貧弱...居住棟の書庫をそのまま持ち帰ってしまいたい衝動に駆られた.

さて,どうしよう...論文を書け,ってことか...

最後の晩餐の後,47次隊10大ニュースが発表された.トップは記憶の新しいところで「VIPの昭和基地訪問」.以下の順位は結構票が割れて,同点多数か一票のみ.思い出も人それぞれということか.それでも,こうやって一年を振り返ってみると,いろんな出来事があったんだなぁ,とつくづく思う.

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47次の名盤
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34次の名盤
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食堂入り口に掲げられた47次の名盤
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名盤を見上げるみんなは
なかなかいい顔してるな,
と思った.この連中となら
もう一度越冬してもいい.

その後,各次隊恒例の名盤を壁に掛ける儀式を挙行.大胆にも,食堂入り口の真上という一等席に掲げることになった.

名盤は,その隊で建てた建築箇所に記念として掲示するのが理想とされる.現在の基地中心施設は33次以降に建てられたものばかりで,実際,この内部にあるもので一番古い名盤は33次のものである.この隊は管理棟の外側を作った隊で,非常に大変な苦労をしたにもかかわらず実際には管理棟をほとんど使用していないという不遇な隊である.次いで34次が管理棟の内装を完成させ,旧食堂棟からの引っ越しを行い,実際に管理棟を使い始めた.最初に管理棟内に名盤を取り付けたのも,実はこの34次である(名誉なことに,そこには私の名前もある).それでも33次の名盤が管理棟内にあるのは,33次経験者が後の隊で越冬した際につけたもの.ということは,棟内に名盤を掲げる習慣を始めたのは,私が前に越冬した34次ということになる.

その後,通路棟や倉庫棟,第一・第二居住棟,と昭和基地の中心施設がどんどん更新されていき,そこには,それぞれの棟の建築に関わった隊の名盤が掲げられている.ここ数年は新規建築物があまりなく,仕方がないので,管理棟内の適当に目立つ箇所に名盤を残すようになってきた.従って,名盤の場所とその隊が何をしたのかとはすぐにはつながらない状態になっている.

我が47次隊もその例にもれず,基地中央部には自分たちの仕事を記念できるような掲示場所はない.また,近年の隊が適当な場所をすでにとってしまっているので,さらに選択肢がせばまっている.逆にいうと,大胆不敵ともいえるようなベストポジションしか残っていなかったのである.

まあ,南極地域観測50周年を記念する隊でもあることだし,この場所をとっても後々ひんしゅくを買うことはないだろう.