還暦を迎えました
猛暑の富山の実家で、還暦60歳の誕生日を迎えました。お祝いのメッセージをいただいた方々、どうもありがとうございます。
とりわけ1966年の丙午は人口ピラミッドにくっきりと「へこみ」を刻んだ、同級生が少ない世代です。一昔前なら「人生ひと回り」。赤いちゃんちゃんこを着て、あとは余生を……という歳だったのでしょうが、昨今は、周囲を見渡してもまだまだ若輩、現役まっただ中です。
昨日は、母の新盆と一周忌を兼ねた法要を営みました。そのまま実家に居残って、今日は何もせずゆっくるするつもりが、じっとしていられない性分がたたって、今日も飽きることなく片付けを続けています。いや、もう飽き飽きしてはいるのですが、いくら片付けても終わらない、相変わらずの無間地獄なのです。
そんなゴミの山を掘り返していたら、幼い頃のアルバムが出てきました。その中に、生後間もない私が抱かれている写真が一枚。顔は写っていませんが、抱いているのはたぶん父でしょう。60年前の今日もこんな暑い日だったのでしょうか。
さらに発掘は続き、今度はLONGINESの腕時計が出てきました。これは、おやじが還暦を迎えたとき、私が大枚をはたいて銀座三越でもとめて贈ったものです。「教伸からの還暦祝い」というメモまで残っていました。ところが当の父はほとんど使わなかったらしく、時計は箱に収まってほぼ新品のまま、経年劣化しつつあるケースのほうをラップにくるんで大事にしまわれていました。
父の還暦祝いに息子が贈った時計を、その息子が還暦になって発掘する。なんだかよくできた話です。電池を入れ直して、これからは私が使おうと思います。父に贈った時計が、30年ほどの時を経てこちらへ戻ってきたと思えば、それも悪くありません。ついでに、ゴミの山から出てきた妙にのっぽな緑色の花瓶には、これまた発掘されたヒマワリの造花を挿してみました。真夏の還暦祝いとしてはなかなか似合っています。窓の外を見ると、いつもなら剱岳が見えているあたりに、大きな入道雲が立ち上がっていました。
最初の一巡では、地球の北のはずれから南のはずれまで、ずいぶん遠くまで行きました。そして60年たった今日、父の時計を腕に巻き、母を送り、古い家の記憶を掘り返しながら、二巡目に突入です。剱岳が入道雲の向こうに隠れているのも、二巡目の行き先がまだよく見えない今には、なんだか似つかわしいような気がします。でも、それくらいでちょうどいいのかもしれません。