日々の雑感 一覧

フィールド観測のイロハ

昨日に引き続き、GPSのテスト.

雨が降ってきたので,慌ててセッティングしたら,みごとにデータがとれていなかった.ゼミや雑用の合間にやっていたので,データを回収してみて気付いた時にはすでに日が暮れて,しかも横殴りの雨となっていた.今日はもうやる気がしないので,また明日.

現場では,寒かったり風があったりしてもっと厳しい環境のはずで,そういう状況で間違いなく自動観測機器のセッティングをする技量をもつことは,フィールド観測のイロハ.

本番では失敗しないように,初心にたちかえって,もう少しカンを取り戻す訓練をしておこう.


GPS

今日から10月

11月下旬からでかけるパタゴニアで使うGPSのテスト.
いきなり解析ソフトのインストールでつまづき,深夜まで作業するはめに.

どうもWin+ハードキーってのは気に入らないんだよねぇ.


雨降り調査

日高調査から帰札.

29日は大雨警報が出ていたので山に入るのはあきらめて,十勝の海岸に津波の痕跡を見に出かける.

まだ余震が続いているというのに,海岸には釣り竿の列.これには行政側も苦慮しているという報道があるが,全く意識が低すぎる.こういう状況を登山のほうに例えればどうなるんだろう,と思ってみたり...

十勝港の構内の噴砂. 浜大樹の浜に残る津波時の潮位(平川教授が立っている位置が最高位で3m超,その下の草の列が第2波か?). 今日は一転して良く晴れた.エサオマントッタベツ川で,青空に映えた紅葉がきれい.けど結構寒い.

買い出し

うららかな良い天気.
明日から日高に調査に出かけるため,食料の買い出しとパッキング.

29日に当研究科の10周年記念シンポがあるのだが,残念ながら出席できず.

どうも,主流から取り残されていくような感じが強まってきた.


地震

今朝5時頃,強い振動で目が覚めた.
結構揺れたけど札幌は大丈夫みたい.

これは大きいと分かったので,すぐにTVの緊急放送に見入った.
放送局の対応・津波の予想到達時間・漁船の待避行動,の3つの早さに驚いた.

岸壁から身を乗り出して海面の様子をうかがっている人が映っていたけど,「あんたそれはヤバイヨ,早くにげなきゃ!」

どこかの漁港の水位が上がっている様子を目の当たりにしながら,H教授は忙しくなるかな...と思ってみたり.


Blog開始

ホームページを一新し,Blog形式でやっていくことにしました.
昨日あたりからぼつぼつ作業を始めて,なんとか公開する形まできたところです.

最近,研究面で筆が全然進みません.
のりのりで調子がよかったカナダ滞在中のことを思い出しています.
そういえば,カナダではエドモントン滞在記を書いていたことも,結構自分をのせるのに役立っていたかな?
なんて考えて,Blogをやってみることにしました.


改革の前に清算を

改革の前に清算を


地球環境科学研究科(以後現研究科と呼ぶ)は、今、新たな組織をめざした大きな改革の流れの中にある。昭和52年に設置された大学院環境科学研究科(以後旧研究科と呼ぶ)から改組という形で平成5年に発足して以来8年目ぶりのことである。国立大学全体が熱のようにとりつかれている改革の時流に乗り遅れないようにするためか、それとも来たるべき独立行政法人化の嵐に立ち向かう備えのためなのか、私には直面している改革の動きの根拠がよく分からない。

私は、平成2年に旧研究科の修士課程に入学し、博士課程在学中に南極で越冬してた間に現研究科に改組になったという変革を体験した。旧研究科の終焉期には、大学院重点化の国策の中で、全国のあちこちで旧来の名称を捨てて「環境」を冠する学部や学科が出現した。大学内の環境ブームの到来である。それぞれにそれぞれの事情はあったのであろうが、「環境」という言葉が人寄せパンダのごとく使われているに過ぎず、中身はなにも変わっちゃいないだろう、というのが当時の私の冷ややかな感想であった。

いづれにしても、旧研究科は、全国でも初めての「環境科学」を冠した独立大学院であったのであるから、ブームを先取りしていた分、当時の流れの中では有利な立場にあったハズである。しかし、改組は行われた。旧研究科が内包していた人文・社会科学系の分野がなくなり、「地球」科学に焦点を絞った現研究科に変貌することとなったのである。全国的な環境ブームによって後追いのごとく出現した多くの「環境」学部や「環境」研究科に対抗するための戦略であったのか、それとも旧研究科自体に問題があったのか。内部に在籍していたとはいえ、当時は院生であり、しかも南極に島流し状態にあった私には詳しいことはわからない。

全国ではじめて、ということは、まだだれもやっていないことを先駆けて行うパイオニアとしての意味をもつし、国策としての国立大学のありかたからみれば、旧研究科は、今後の国立大学のありかたを占う一種のパイロット事業を行っていたと考えることができる。開拓者には失敗もつきものであるから、不備や難点があったにしても,それらを断罪の対象とするのはふさわしくない。むしろそのような組織は常になんらかの試錯誤と変革を迫られる宿命にあるのだし、パイロット事業としての旧研究科は、その利点・欠点を後進に明らかにしていく役割も担っていたはずである。当時はそのような意識がなかったとしても、今からふりかえって評価するとすれば、そのような位置づけで捕らえて、その存在意義や残した課題が何であったのかをちゃんと整理しておくことそこがふさわしいのではないだろうか。改組されてできた現研究科がそれ自身の見直しを図っている現在ならば、時間の経過が必要とされる「いわゆる歴史的評価」も可能なはずである。その点では、現組織に先立つ前身組織が存在した経歴を持つ旧〜現研究科は、これまた他組織にはない先駆性と特異性を備えているとも考えられるのだ。

今年には、京都に大学共同利用研究機関として総合地球環境学研究所が発足したが、そこには人文・社会科学系の分野が不可欠な分野として含まれることになった。パイロット事業としての旧研究科から人文・社会科学系分野が切り捨てられて理学中心の現研究科が発足した流れとは全く逆の動きであることは非常に興味深い。共同利用研と大学院とでは立場は違うにしても,新たに「環境」に関する大学関係機関ができたことは確かであり,はたして総環研が、その発足にあたって、北大の環境科学研究科の変革の流れをどこまで参考にしたのか、興味のあるところである。「理学系地球科学」に特化した環境科学を目指す動きと人文・社会系も含めた環境科学を目指す動きとは全く別のアプローチである、と主張するのか、それとも、一度は切り捨てたもののそれは失敗だった、という反省にたつものなのか、詳しい事情に疎い身としては、二通りの解釈を用意しておくしかないのが現状である。

そもそも改革とは、現状になんらかの不都合があるから行うものである。不都合の内容としては、現状が時代にそぐわなくなったからだとか、なんらかの失敗が悪境を招いた、などがあげられるだろう。さらに、改革には何らかの痛みや犠牲を伴う。現状が悪境に有る場合は、現状そのものにおいてすでに犠牲者が存在している。改革に費やされる人的・時間的エネルギーも一種の犠牲である。

こうした、不都合とは何なのかとか改革に伴う犠牲や痛みをどう救済するか(あるいはしかたのないものとして許容するかどうか)という問題は、これまでやってきたことの清算なしに議論できないし、この議論をしておかなければ、改革が問題の本質的解決につながることはないであろう。

戦後処理にしても、バブル崩壊後の不況問題にしても、世の中の政治家は、なかなか過去の清算の結論に立った将来像・改革方針を提示しようとしない。それは、すでに敷かれた道をいつどんな車で走るのか、という判断しかしていないのに等しい。本当の政治家のすべき仕事は、今までの道に続けて何処に向かってどんな道をつけるのかを示すことであると思う。この点で、今夏の靖国神社参拝問題では、小泉首相は車上の人でしかなかった。

われわれは政治家でも歴史学者でもないが、国立大学に所属する者として、そして全国ではじめての「環境科学研究科」の流れを汲むものとして、現研究科をどういう流れの中に位置づけ、どういう風にしていきたいのかというビジョンを持つ責務があると考える。その点で、今の改革論議の中に過去の清算に関する議論が十分でないように見受けられるのは憂慮すべきことである。

私は10月から一年間カナダへ行く予定になっている。今回もまた、改革のすべてをこの目で見届けることはできそうにない。終戦の日にあたり、巷では様々な昭和史観が議論されているなかで、おもわず研究科の現状を重ねてしまった次第である。

2001.8.15


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