南極 一覧

南極教室

今年のはじめ頃だったか,極地研から,南極観測隊のOB有志がつくるボランティア団体「南極教室」というのを作りたいので協力してほしい,との案内がきた.学校などに会員を派遣して,南極観測をPRするのが狙いの組織だ.私自身,小さい頃に観測隊員の話を聞いたのがきっかけでこの道を目指した,という経緯もあり,何かお役に立てれば,と思い,協力を申し出た.そのような有志は全国で160名いるという.

最近になって,さるご老人から「北海道在住の申し出者が一度集まって,何ができるか話しあってみませんか?」という連絡が来た.それで聞く所によると,北海道ではわずか5人しか手を挙げていないとのこと.さらに詳細を聞いてみれば,私以外の方々は,すでにリタイヤされているかそれに近い人たちだという.

北大をながめれば,南極経験者など腐るほどいるだろうに…この少なさはホント驚き…南極関係者って,意外に冷めているんだなあ,と思った.

といういわけで,バリバリ現役の私としては,これからなにかと回ってきそうな気配.でも,南極を研究していて,南極観測のことを人一倍気にかけている自負があって,しかも南極に行きたいと常々思っているのに,それでも行かせてもらえない,というジレンマも抱えているんだよねえ.パッションだけでは世の中渡っていけないこともだんだん分かってきた.こんなことを小中学生に話す訳にもいかず,かといって無責任に夢ばかりを焚き付けるのも気が引ける.

北大の南極関係者のみなさん,今からでも遅くないから,「南極教室」に手を挙げるべし.


「南極 氷床変動と海面変動」

古今書院月刊『地理』48巻5号 に,拙稿「南極 氷床変動と海面変動」が載りました.


ブレークスルー

ブレークスルー


 国立極地研究所で開催された第19回南極地学シンポジウムの懇親会の席で,極地研究所の渋谷教授の口から「ブレークスルー」という言葉が持ち上がった.このシンポジウムの「地形と第四紀における環境変動」のセッョンの特徴は,野外での調査報告よりも,これまでに得られていた堆積物,特に化石試料の分析結果が主なテーマになっていたことである.古生物学的な解析によってリュツォ・ホルム湾沿岸の海成堆積物を吟味することで,第四紀のみならず新第三紀までさかのぼる,より長いスパンの南極像を議論できる可能性が示された.「ブレークスルー」とは,この内容についての感想を述べた言葉である.

新生代全般にわたる南極像については,これまで,西南極を中心とする地域で成果があげられ,氷期の時代といわれる第四紀のみならず,それに先行する,いわば南極氷床の起源にもかかわる新第三紀の古環境についても議論されてきた.一方,日本の南極観測隊が調査を行ってきた東南極のエンダービーランドからは,3万年よりも古い堆積物が発見されておらず,古い時代についてはあまり考慮されてこなかった.むしろ,古いものは残存していないものとして無意識のうちに考慮の対象外とされてきた向きもあったといってよい.

 第36次観測隊の三浦氏らによる海成堆積物のトレンチ調査や,年代測定をとりまく技術の向上と33次観測隊の五十嵐氏を中心として続けられてきた詳細な年代測定などによって,今まで採取されていた試料の年代値の混乱を整理する成果が得られ,加えて,3万年よりも古いと漠然と推定されていた試料の中に,確実に古い年代値を持つものがあることがはっきりしてきた.そして,今回のシンポジウムの発表で,鮮新世までさかのぼる古生物学的な具体的根拠が提出された.こうした成果によって,ようやくリュツォ・ホルム湾沿岸域においても,西南極で展開されてきた新生代の南極研究と張り合うことができる基盤ができつつある.これが冒頭でのべた「ブレークスルー」のあらましである.

 「地形と第四紀における環境変動」のセッションで,自らも発表を行ない,座長もつとめていた極地研究所の森脇教授は,やや興奮気味にこれらの成果を強調し,いつになく喜んでいたように見えた.このブレークスルーを契機として,海成堆積物の古生物学的解析を中心とした新生代全般の古環境復元は,今後,日本の南極観測の中で大きな位置を占めていくものと思われる.


 私には,今回のシンポジウムで個人的なもう一つのブレークスルーがあった.それは,私の中での「日本の南極観測に対する認識」に関するブレークスルーであった.

 それについて述べるには,今年の7月に四年ぶりに開催されたニュージランドでの国際南極地学シンポジウムに参加した時に感じた印象について述べておく必要がある.ニュージランドでのシンポジウムで,5日間にわたって発表された数々の世界の研究を聞き,私はそこに一種の南極研究コミュニティー的な雰囲気があることに気づいた.その中の,一般に地理部門と呼ばれるグループの中では,新生代という枠組みでの南極像の解明が主流のテーマとなっていたように思う.森脇教授は極地研究所の職員としての立場から,そのコミュニティー的な雰囲気の中に身をおいてきたであろうし,実際にドライバレーでの調査の経験などから,第四紀だけではなくて,新生代全般の南極像に興味があったことは容易に想像できる.日本隊でも,第四紀にとどまらず,鮮新世以前の議論もできないかどうか,そういう議論で諸外国と張り合っていきたい,という希望があったのではないか,と森脇教授の心中を察するに至った.私や平川教授にとっては「はあ,そうですか」程度の受け止め方であった東京のシンポジウムでの古生物学的見地からの発表が,森脇教授にとって格別の意味があったように受け取られたのは,そういう背景があったからである.以上はあくまでも私の受けた印象であり,森脇教授が本当はどう考えているのかは,直接伺ってみる以外に知るすべはない.

 私は,自分が志すことになった研究テーマの契機として南極にイニシエーションを得た.それだけに南極への思い入れは強い.しかし,具体的なテーマは氷河地形であり,その対象は南極に限られるものではない.同様に,南極観測を通じて研究の大きな指針を得た研究者として筑波大の松岡氏が挙げられるが,氏の周氷河プロセスに関する研究にしても,南極観測の主流をなすことはなく,今はその一線から退いているように思える.要するに,南極研究コミュニティー的な雰囲気の中での南極観測においては,氷河地形学も周氷河地形学も,それにたずさわる研究者のステップの場とはなっても,その主流を築く場とはなりえない,ということに気づいた.そんなことようやく今になって気づいたのか,と笑われるかもしれないが,所詮私の認識とは,この程度のお粗末なものであった.まさに恥じ入るばかりである.南極地学の地理部門はこれまで「地形部門」と称されることが多かったので,私はその点で「地理部門=地形学」と誤解していたのかもしれない.

 今後,極地研究所地学の地理部門は,むしろ「新生代環境変動部門」と称した方がその性格がはっきりして良いように思う.少なくとも私の中では,「地理部門=新生代環境変動部門」という風に認識を改めることにした.ところで,新生代の環境変動の解明にとって古生物学の果たす役割が大きいことは今回のシンポジウムの内容を見ても明らかである.しかし,現在の極地研究所の状態では,古生物学の研究者は生物部門の枠で南極に赴くことが多い.その反面,極地研究所に外部から関わっている地形研究者の大半は,今後想定される新生代環境変動の解明の流れの中では,活躍が期待されているようにも感じられないし,貢献できるところが多いようにも思われない.このようなミスマッチを解消するためにも,極地研究所地理部門としては「地形」を標榜することはなるべく避けて,明確に「新生代環境変動部門」としての性格を前面に掲げるほうが,共同研究者として日本の南極観測に組み込まれる外部の研究者にとってもわかりやすいし誤解も解消されるのではないかと考える.

 もちろん,新たな展開を期待して,日本の観測隊の中で地形プロパーの研究を続けることに意味が全くないわけではない.しかし,「南極研究コミュニティー」の中で地形学が主流となるには,まだ相当の時間を要するであろうし,その必要性があるのかどうかも現段階では不明である.氷河地形に限って言えば,私は,近年の氷河底環境の解明にかかわる氷河地質学の進展において,氷河地形学は雪氷部門との関わりを密にていく必要があると考えている.しかし,現在の極地研究所における雪氷部門は氷床コアの解析による第四紀古環境変動の解明に焦点を置いており,氷の熱的・動力学的な物理特性はほとんど扱われていないように見受けられる.それならば,氷の物理的特性にかかわる研究者と力して,南極氷床の動態を解明するコミュニティーを新たに作ってはどうだろうか.このような流れを極地研究所を母体として構築していく必要は全くない.日本の南極研究もそろそろ極地研究所主導型から脱却して,あらたな展開を図る時期にきているとも思う.科研費などを中心とした研究体制で個別の南極研究が展開できれば,それこそが今後の氷河地形学の目指すありかたなのではないかとも思う.手前味噌でありやや野心的なことでもある些々をつれづれ思うブレークスルーであった.

1999/10/20


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