専門家の役割

たとえば大雪に関する予報や実況について,気象庁の発表なら,純粋に気象学の専門的見地からのデータ公表と解説にとどまるのが普通.大雪が予想されるので交通機関の混乱に注意とか,大雪が降ったので雪崩に注意,程度の注釈は付けるけれども,その結果として発生した個々の事故や災害の原因と教訓にまで言及することはまずない.個々の事件・災害の分析はその当事者・関連団体や捜査機関が主体的に行うものであって,その際に,そういう主体者が勝手に気象データの客観性を歪めたり誤った解釈をしないようにする,という意味として気象庁の公的発表が位置づけられるはずだ.

雪氷災害は,気象災害の一部としてみることができるとはいえ,気象庁の発表にはそれに特化しているカテゴリはなさそうだし,客観データを提示できる専門家はそんなに多くはない.雪氷現象は時間がたつと初期状態が失われてしまうことが多いから,災害発生時に近い状況を迅速に把握しておく必要もある.これは,その後に被災関係者が,災害原因を分析し結論を導く上でも重要なデータとなる.学術面で社会貢献したいと望む研究者にとっては,そういう初期条件を把握しておきたいとの要望がある.

チームの役割は,初期状態について専門的な客観データの分析とその提示にあるのだといってよいのではないだろうか.雪氷災害のうち特に雪崩は登山遭難に関連することが多いため,遭難事故への教訓をチームの報告に盛り込むことも期待されがちだが,それは違うと私は思う.

地震・火山災害などでは,刻々と変化する地殻現象の動態に即して避難や防災活動を行わなければならないから,専門家と行政・住民との密接な連携が必要とされる.その意味で,専門家の発信する情報には,それを受け取る側が解釈しやすく,次の判断材料として使えるだけの翻訳的要素も必要とされるだろう.翻って雪氷災害をみてみると,まだその段階にまで体制は整ってはいないし,社会的な翻訳・解釈方法に関するトランスサイエンスな部分の研究も成熟していないように思える.

このような未成熟さに加えて問題をさらに複雑にしているのは,登山界との関係だ.山登りの世界には一言居士的な人たちが大勢いるため,被災者や当事者と専門家との関係に一筋縄では行かない状況を生み出しているように思う.そういう一言居士的な人たちにこそ,いわば「気象庁発表」的に提示しているチームの情報を共通土台のこととして活用し,持論を展開させてほしいものだと,個人的には考える.

これに関する考察は今後も続けていくということで,とりあえず現時点で考えていることを,不完全ながらここに覚え書きとして残しておくことにする次第.