氷河・氷床
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久しぶりに徹夜しました。
ほぼ10年越しの“積年の宿題”を、ようやく完了させることができました。雪氷学会の英文機関誌 Bulletin of Glaciological Research(BGR) のバックナンバーをオンライン化する作業です。
BGRの起源は1973年、ヒマラヤの氷河研究報告書として「比較氷河研究会」がまとめた成果(これがVol.1)にさかのぼります。その約10年後、ランタン谷の氷河で実施されたヒマラヤ初のボーリング調査の成果報告がVol.2として刊行され、続くVol.3・Vol.4ではパタゴニア北氷原の調査プロジェクト報告が収められました。実質的には「氷河情報センター」が長く編集を担ってきました。
また番外編として、1998年には「氷河湖決壊洪水」に関するモノグラフも刊行されています。
今回の作業を通じて、2010年にJ-STAGEへ移行するまでの約37年間(Vol.1〜2の間にある10年の空白を含めて)、とくにフィールド系雪氷研究の歴史を一気に振り返ることができました。なかなかの“氷河版・大河ドラマ”を見終わった気分です。私の名前が登場するのは本当に最後の物語の“エンドロール直前”くらいのタイミングですが、こうした先人たちの積み重ねの上に、現在の雪氷学が成り立っているのだということをあらためて実感しています。
これで学会への“オブリゲーションのツケ”は、ひとまず返せた(将来分の先払いも?)気がしますが……たぶん、簡単には離してもらえないんでしょうね。
氷河期展
大学体育会OB会の行事でこの週末も役員出席です。上野精養軒が会場だったので、ついでに科博で開催中の「氷河期展」に寄ってきました。アニメ映画「Ice Age」の実物版といった感じのメガファウナと旧人類〜ホモサピエンスがメインテーマでした。思いのほか来場者が多く、この時代の気候変動がまさに専門の私としては、そんなに興味をもっていただいて皆さんありがとうございます、という感じでした。
パリ国立自然史博物館所蔵のネアンデルタール人「ラ•フェラシー1号」の頭骨と、古生物アーティストのエリザベス•デイネスさんの手による復元像がこの特別展のハイライトの一つです。その復元像と対峙していた現代女性との視線の交錯、そしてその間に部屋の奥からこちらを見つめるラ•フェラシー1号の視線がつき刺さる、という、印象に残る場面がありました。ラ•フェラシー1号は、自然による氷期・間氷期サイクルを乱してしまったかもしれない現代人に何かを問いかけているようでもありました。
ドキュメンタリー番組
6/25と7/2 BS朝日で放送されます。グリンランド編には私も出てます。
現役中最後の総説
帰宅したのが昨夜遅くだったのに、今朝は早くから理事会のために市ヶ谷に参内し、午後は本拠地多摩へと移動、という東京縦断の一日です。多摩キャンパスのレターボックスをのぞいたら、できたてほやほやの地学雑誌が届いていました。南極越冬から帰国して早々に開催された2023年春の地理学会で企画された寒冷地形関係のシンポジウムをまとめた特集号です。拙稿「南極氷床変動史研究から大規模氷床融解メカニズムの解明へ (菅沼・澤柿, 2025)」も掲載していただいていますが、現在の我が身を思うと、おそらく自分にとって現役中最後の総説になるだろうと思われます。
この特集号の巻頭言(目代・苅谷)には「寒冷地形談話会はこれまで、1980年代からほぼ10年おきに研究成果を学会誌で特集号を組んでまとめてきた」との紹介があります。私がこのコミュニティにお世話になるようになったのは大学院に進学したての1990年代からですが、実際にコントリビュートすることができるようになったのは2001年に日本で開催された国際地形学会議からで、そのときのシンポジウムの特集号として企画されたZeitschrift für Geomorphologie, Supplementaly Isuuesに名前が出てくるのが最初でした。
その次の2010年代のまとめ特殊号では、当時取り組んでいた日高山脈の氷河作用研究の最後のほうの成果を掲載してもらいました。その論文では幌尻岳七つ沼カール底に分布する恵庭-aテフラについての新事実を提示して、それまで最終氷期前・後半の亜氷期の堆積物が累重する日本で唯一の露頭といわれていた氷河堆積物に新解釈を与えたのでした。これにより、ポロシリ亜氷期とトッタベツ亜氷期の模式地を示したとして地理評で歴代最多クラスの引用数を誇ると評されてきた小野・平川 (1975)論文を、ほぼ40年ぶりにリバイスしたのでした。実はそのことはあまり知られていないのがちょっと残念なのですが、昨年には日高山脈が国立公園に昇格したこともあって、日本第四紀学会設立70周年記念事業の一環で企画されている本の原稿ではしっかりと強調しておいたところです。最近「北海道の脊梁 日高山脈(https://www.kyodo-bunkasha.net/items/105523595)という本が出版されたのですけど、北大山岳部を中心とした登山史や最近のアクティビテイが主題のため(https://aach.ees.hokudai.ac.jp/…/AACHBlog/details.php...)、氷河地形などの学術的な面に関してはイマイチなところがあって、ここに専門家がいるのに、と、やや不満だったりもします。でも、それはまた別のところで書こうと思います。
ということで、今回届いた地学雑誌特集号では、私のもう一つのメインテーマである南極氷床変動の研究に関して、日本の南極観測隊が切り拓いてきた最新の研究成果とグローバルな研究の展開についてレビューしています。実は10年以上出しそびれていた秘蔵のデータにもようやく日の目をみさせてあげることができています。これも、この企画をお世話された方々をはじめとして、今回むりやり寒冷地形に引き込んだ形になった菅沼さんたちの精力的な研究のおかげです。越冬隊長として現場調査のお手伝いができたことも幸いだったと思っています。
次の10年は次の若い世代におまかせすることにしましょう。
この特集号の巻頭言(目代・苅谷)には「寒冷地形談話会はこれまで、1980年代からほぼ10年おきに研究成果を学会誌で特集号を組んでまとめてきた」との紹介があります。私がこのコミュニティにお世話になるようになったのは大学院に進学したての1990年代からですが、実際にコントリビュートすることができるようになったのは2001年に日本で開催された国際地形学会議からで、そのときのシンポジウムの特集号として企画されたZeitschrift für Geomorphologie, Supplementaly Isuuesに名前が出てくるのが最初でした。
その次の2010年代のまとめ特殊号では、当時取り組んでいた日高山脈の氷河作用研究の最後のほうの成果を掲載してもらいました。その論文では幌尻岳七つ沼カール底に分布する恵庭-aテフラについての新事実を提示して、それまで最終氷期前・後半の亜氷期の堆積物が累重する日本で唯一の露頭といわれていた氷河堆積物に新解釈を与えたのでした。これにより、ポロシリ亜氷期とトッタベツ亜氷期の模式地を示したとして地理評で歴代最多クラスの引用数を誇ると評されてきた小野・平川 (1975)論文を、ほぼ40年ぶりにリバイスしたのでした。実はそのことはあまり知られていないのがちょっと残念なのですが、昨年には日高山脈が国立公園に昇格したこともあって、日本第四紀学会設立70周年記念事業の一環で企画されている本の原稿ではしっかりと強調しておいたところです。最近「北海道の脊梁 日高山脈(https://www.kyodo-bunkasha.net/items/105523595)という本が出版されたのですけど、北大山岳部を中心とした登山史や最近のアクティビテイが主題のため(https://aach.ees.hokudai.ac.jp/…/AACHBlog/details.php...)、氷河地形などの学術的な面に関してはイマイチなところがあって、ここに専門家がいるのに、と、やや不満だったりもします。でも、それはまた別のところで書こうと思います。
ということで、今回届いた地学雑誌特集号では、私のもう一つのメインテーマである南極氷床変動の研究に関して、日本の南極観測隊が切り拓いてきた最新の研究成果とグローバルな研究の展開についてレビューしています。実は10年以上出しそびれていた秘蔵のデータにもようやく日の目をみさせてあげることができています。これも、この企画をお世話された方々をはじめとして、今回むりやり寒冷地形に引き込んだ形になった菅沼さんたちの精力的な研究のおかげです。越冬隊長として現場調査のお手伝いができたことも幸いだったと思っています。
次の10年は次の若い世代におまかせすることにしましょう。
「氷河地質学伝道」のための曼荼羅
この春から学部の役職についたのでゼミ以外の授業は免除されているのですけれど、それが決まる前から依頼されていた大学院の集中講義だけはやらざるを得ず、久しぶりに本業の「氷河地形」と向き合う「濃い5日間」を過ごしました。
シラバスに指定した教科書は岩田先生の「氷河地形学」。東日本大震災の年に出版されて、もうあれから13年もたってしまいました。この書評を頼まれて研究室のワープロに向かっていた最中に、あの揺れがちょうどやってきたのでした。
かつて私が別の洋書を書評した際に筆が滑って「古くさい教科書はいらない」と書いたために、岩田先生はこの教科書の執筆を一時は断念しようとすら思った、という衝撃的なことが前書きに書かれているのです。3.11発生当日の私は、岩田先生がご自身の逡巡を乗り越えて無事にこの大著を出版されたのを目の前にして、かつて生意気なことを書いてしまった言い訳をつらつらと書き出していた最中だったのでした。そんな、はずかしくも世紀の大災害と重なった思い出深い私の書評は、J-Stageのこちらで読むことができます(https://www.jstage.jst.go.jp/…/4/84_377/_article/-char/ja)。
さて、肝心の講義のほうですが、地理学を専攻する大学院生という、普段やっている社会学部の授業に比べたら100倍くらいガチな場を与えられて、この激務の合間に乗り切ることができるかどうか非常に心配でした。でも蓋を開けてみれば、かつて北大でやっていたときの感覚もすんなりもどってきました。自分の本来の研究にたちかえることもできて、心地よい時間を過ごすことができました。さらに、岩田先生のこの大著も、年月の流れにはあらがえずに古くなってしまっているなぁ、と感じるところも多々あり、最新成果を取り入れた改訂の必要性も感じたりしています。こんなことを書いてしまうと、じゃぁお前がやれ、という声が飛んできそうで怖いのですけれど...
そういうわけで、集中講義では、この本以降の最新成果も取り込んで、というところも意識しながら授業を進めました。私の研究室には、この前の南極越冬明けに広報担当としてやってきた「ふじ」の学芸員である山口真一さんが撮影した写真をひきのばして飾っています(こうして、タペストリーにしておくと、南極授業や講演会などの際に背景にしたりもできるので重宝しています)。最初にしらせの上でこの写真を見せてもらったときに、科学写真としても第一級の作品だと直感的に思いました。この写真はSNSで大変好評を博していて一般にも受けがよい傑作なのですけれど、ちゃんとこの写真を解説できている説明は残念ながらまだ見たことがありません。
講義の中では、この写真一枚だけをスクリーンにずっと投影させて、小一時間ぶっつづけでしゃべりたおしました。氷河地質学の専門の目で見れば、それでも語り尽くせないほどの情報量とストーリー性を持っている作品だと評価しています。小一時間しゃべった内容をまとめたら、短い論文一本分ぐらいにはなるかもしれません。
かつて立山信仰の伝道師たちは、山に登ることができない信者たちのために、立山周辺を天国と地獄にみたてた曼荼羅図を携えて布教に回ったといいます。このタペストリーはいわば「氷河地質学伝道」のための現代の曼荼羅なのだという気持ちでいます。自分の実家の稼業をどうするかはまだ未解決ですけれど、伝道師としての血筋は争えないのかもしれません。
氷河学は誰のため?、誰によって?
これは重要な指摘。はたして日本の雪氷学会陣はここでいっている「研究コミュニティ側」のマジョリティにカウントされているのかなぁ?ヒマラヤをはじめとしたアジアの氷河研究ではネパール人やブータン人の育成にはそれなりにコミットしているようには思うけど。
青二才たちのバラード
NHKプロジェクトX復活記念!20年前の感動を再び!と題して秘蔵の動画を2本公開します。2004年3月に北大低温研を退官された「陸軍山田学校」の鬼教官こと山田知巳さんの退官記念として、弟子たちによって「青二才たちのバラード」というタイトルで作成された動画です。あれからもう20年、当時の青二才たちは皆さんそれぞれ立派になられてご活躍中です。
著作権の都合上BGMは割愛せざるを得ないのが非常に残念。ぜひ中島みゆき公式YouTubeチャンネルで、前半を「地上の星」(https://www.youtube.com/watch?v=v2SlpjCz7uE)、後半を「ヘッドライト・テールライト」(https://www.youtube.com/watch?v=mBYmBjLcn_4)を聞きながらご覧ください。
こうして音抜きの動画にしてみると、プロジェクトXの感動が中島みゆきの歌と田口トモロオの独特のナレーションに支えられていたんだなぁ、とつくづく思わされます。
動画前編
動画後編
著作権の都合上BGMは割愛せざるを得ないのが非常に残念。ぜひ中島みゆき公式YouTubeチャンネルで、前半を「地上の星」(https://www.youtube.com/watch?v=v2SlpjCz7uE)、後半を「ヘッドライト・テールライト」(https://www.youtube.com/watch?v=mBYmBjLcn_4)を聞きながらご覧ください。
こうして音抜きの動画にしてみると、プロジェクトXの感動が中島みゆきの歌と田口トモロオの独特のナレーションに支えられていたんだなぁ、とつくづく思わされます。
動画前編
動画後編
里帰りもなかなか難しそう
今夜のTVで「おおかみこどもの雨と雪」をやっていたと思ったら,偶然にも今日のFacebookにこの過去記事がおすすめで出ていました.当時,立山カルデラ博の福井さんたちが発表した論文を巡って日本に現成氷河を認めるかどうかを議論したシンポジウムの際に,コメンテーターの私から出した提案だったのでした.あれからもう9年ですか...おおかみこどもの舞台となったのは我が故郷の上市町,監督は同じ中学で一級下の細田氏.これから南極越冬のため2年近く不在になる前に郷里の年老いた両親にも会っておきたいところなのですが,富山でのワクチン接種はまだ先だということ.コロナ感染は避けなければならず,里帰りもなかなか難しそうです.