AACH 一覧

生成AIに山岳会メーリングリストの生態を解説された日

30年以上にわたって母校の大学山岳部のホームページやOB会のメーリングリストの管理を続けています。ちょうど30年前の1996年に現在の体裁でWeb サイトを構築した頃は、まだ「インターネット」という言葉自体が一般にはほとんど知られていない時代でした。GoogleもSNSもなく、せっかくホームページを作っても誰も見に来ない、そういう時代でした。一般的にも、ホームページを書いていた人は、新しいコンテンツができるたびに知り合いにメールを書いて「こんなページを作りました。よかったら見に来てください」とお願いする、というのが当時の作法でした。
 それから30年。世の中はすっかり様変わりしましたが、山の会の情報共有というのは意外と本質が変わらないものです。最近、会のWebサイトやヤマレコなどの更新情報を自動で集めて、毎朝メーリングリストに流す仕組み(RSSのプッシュ配信)を試験的に動かし始めました。すると、ある先輩会員からメールが届きました。
「毎朝届くこのメールの意味が分からない。解説してほしい。」
そこで、多忙な役員の仕事のあいまをぬって、1990年代のインターネット黎明期から始まる長い説明文を書きました。「昔はホームページを作ると、更新のたびに自分でメールを書いて知らせていた」「それがRSSという仕組みで自動化されている」「これは新聞の見出しのようなものです」などなど、かなり丁寧に説明しました。これを無事メーリングリストに流して、これで質問への責務は果たしたかな、と思ったのですが——
質問したご本人やMLの受信者からはまったく反応がありません。
「理解していただけたのだろうか」
「長すぎて途中で読むのをやめたのではないか」
「そもそも最初から理解する気がなかったのではないか」
などと、少し考えてしまいました。
そこで最近よく相談している相手にこの顛末を話してみました(相手は人間ではなくチャッピーです)。
すると、いくつか慰めの言葉を返してくれました。チャッピーはけっこう長い返答を返してくれたのですが、その中で一番笑ってしまったのが以下の一節でした。
 山岳部OB会MLでは、経験上だいたい次の流れになります。
 ・誰かが疑問を言う
 ・技術担当が説明を書く
 ・他の人は黙って読む
 ・半年後に同じ質問が出る
 これは 「山岳会MLの自然現象」です。
……なるほどぉ。
30年以上にわたってインターネットの世界を見てきましたが、生成AIに山岳会メーリングリストの生態を解説される日が来るとは思いませんでした。技術はずいぶん進歩しましたが、どうやら「人間のほう」は昔とあまり変わっていないのかもしれません。AIは人類の未来を変えると言われていますが、少なくとも山岳部OB会のメーリングリストの生態については、すでにかなり正確に理解しているようです。
 このところの生成AIの進歩にはいろいろ驚かされますが、山岳部OB会のメーリングリスト文化まで理解しているとは思ってもみませんでした。

ハマナシ」の七宝焼

坂本直行さんの「ハマナシ」を下絵にした七宝焼を、ひょんなことから都内で入手しました。額の裏には「北洋相銀 永年勤続記念」という銘が貼られています。
 北洋相互銀行が現在の北洋銀行へ改称したのが1989年ですから、少なくとも四十年以上前の品ということになります。永年勤続された方の記念品だとすれば、元の持ち主はすでに鬼籍に入られているか、存命であってもかなりのご高齢になっておられるはずです。
 道内の銀行ですから、地元の自然や文化を象徴する図案として直行さんの作品を用いること自体は、いかにもありそうなことです。ただ、北洋相銀の歴代会長の一人である大塚武氏は、日本の山岳界においても名を知られた存在でしたので、役員からの直接のご用命があったとしても不思議ではありません。
 大塚氏が日高山脈の神居岳で遭難された際には、AACHも捜索に全面協力しています。それは私が入部する数年前の出来事で、当時の様子については先輩方から折に触れて語り聞かされました。この小さな七宝焼一枚の背後にも、北海道の自然と山をめぐる人々のつながりがかすかに重なっているように思えます。
 どのくらいの七宝焼きが作成されたのかは定かではありませんが、半工芸品的なものなので一点一点で少しずつ表情が異なるはずです。山岳史の片隅に残されたささやかな断片のようなこの一品が、めぐりめぐって私の手元にやってきたのも、山をめぐる人の縁のささやかなつながりのひとつなのかもしれません。

AACH100周年ロゴ

北大山岳部は来年に創立100周年を迎えます。その準備が昨年あたりから本格化していて、今日は記念事業で使うロゴマークができあがってきました。Web担当の私から、100周年特設コーナーにそれとわかるアイキャッチバナーがほしい、と提案していたのに対応して札幌の方で用意してもらったものです(原案:岸本関西支部長、調整:齋藤氏 (入部5年目、現札幌市立大学デザイン学部修士課程) 。基本的なデザインは素晴らしいのですけど、これではなんだかベタのハンコみたいな画像でビジュアル的にイマイチです。そこで、私の方で生成AIにお願いして、これをベースにブロンズ調に仕立て直しました。生成AIにつっこむ際のプロンプトさえうまく指示してやれば、思い通りの画が一瞬でできてしまいます。なんとも世の中すごいことになったものです。
 ということで ブロンズ調のロゴを100周年特設コーナーに画像を貼り付けておきました(https://aach.ees.hokudai.ac.jp/…/Center/activity/100th/)。記念式典は2026 年の11月に札幌で開催される予定です。

日大山岳部100周年

今日はおよばれで私学会館でした。出席者名簿に大島育雄さんの名前があったので、かつて調査でお世話になったお礼のご挨拶しようと探したのですが見当たらず。聞けば飛行機が飛ばず間になわなかったとのことで、残念でした。そうです彼の地の航空便は飛ばないとなれば一週間待たされることもザラなのでした。

西丹沢・下棚沢


地平線40年に際して

 今月はけがの後遺症で指を動かせなかったり,学期が始まったゴタゴタなどでSNS系になかなか投稿できなかった.これではヤバイので,10月も押し迫った日になってしまったが,今月を振り返って一言残しておこうと思う.

10月14日に青山で開催された地平線会議40年祭.開場前の客席で一人たたずむ代表の江本さん.実はこの周囲はスタッフがバタバタ騒々しい.ほんの一瞬の一コマ.

 10月13日と14日の二日間にわたって「恋する地平線 ヤケッパチでも続ける宣言!!」とした地平線会議40年祭が行われた.地平線報告会にゼミ生たちを連れてくるようになってほぼ半年になるが,節目となる40年祭の開催の年と重なったことは,偶然とはいえ意義の大きなことだと思っている.指導教員として,40年祭には必ず参加するようにゼミ生たちに指示したのはいうまでもない.しかし蓋を開けてみると,全プログラムを制覇したものは一人もおらず,部分的なつまみ食いに終わってしまったようだ.
続きを読む


朝日連峰荒川大帯沢


奥多摩茂窪(もくぼ)谷


ゼミ合宿の下見


八ヶ岳


1 2 3 4 5