超領域的・超国家的

昨日までの反動で鬱になりそうなのをぐっとこらえて,論文執筆に取りかかる.とある理由によりこれまで封印していた内容を吐き出す論文に,心機一転で取り組む覚悟を決めた,でも,いきなりイントロでつまづく始末.調子が出るまでしばらくかかりそう.

昨日の中尾さんの発表について,考察するのにヒントとなりそうな記事を内田樹氏が書いていた

ヨーロッパの階層上位の方たちは自国民の平均学力にはあまり関心がない。というのは、自分の帰属する集団が潤沢な文化資本を享受しているなら、それを優先的にわかちあう相手は他国の「同類」collègue たちであって、自国の下層階級の人々ではないからである。

たぶん,中尾さんの発表を自分のこととしてまともに受け取ることができた人や,その背景に思いを馳せることができた人たちは,内田氏がいう【超領域的・超国家的なエリート集団に社会的リソースを蓄積することを優的課題にしている人たち】なのだろうと思う.あの会場にもそういう人たちが何人もいたけれど,悲しいかな,今の私はその範疇からは遠くはずれてしまっている.

調査旅行ではなく会議出張として頻繁に海外へ出かける人たちは,研究室を留守にしてまでいったい何をしに行ってるんだろう,と常々疑問に思っていたのだけれど,内田氏の洞察に助けられて,一気にその疑問が氷解した.

私も一時期,【自分の帰属する集団が享受する潤沢な文化資本】の蓄積を自分の中で優先させようと志し,その流れにうまく乗れたかな,と思えたこともあった.でも,結局,いろいろあって(それこそヨーロッパ中心の文芸共和国貴族から強烈な抵抗を受けたこともあって)挫折してしまった.もう今となっては,再起を目指すのは無理っぽいのだけれど,それにも関わらず,教育面では,超領域的・超国家的な文芸共和国へと進出できる人材を育てなきゃいけない立場になりつつある.

このギャップが埋まらない限り,悶々とした日々は解消されないだろうな.

あ〜〜やっぱり鬱だ.