政治と科学
鼻水がとまらない.どうやら秋の花粉症にやられたみたい.
「4000人以上の科学者ら、ブッシュ政権の科学政策を批判」という記事に注目.
米国の大統領選のほうはどうでもいいとして,記事中の下記の記述には含蓄がある.
政治と科学との間には大きな違いがあるため、政治が科学を利用しようとすると常に微妙な問題がともなう。科学者は証拠を集め、実験を行なうことで、客観的な事実を得ようとする——そうあってほしいという望む事実ではなく、真の姿を描写する。
これに対し、政府は客観的な真実とはかけ離れた存在だ。政治の役割は、まだ判断がつかない分野、相容れない価値観、限られた資源の配分を扱うところにある。決定は、議論と交渉によって行なわれる。政治が求めるのは究極の真実ではなく、大多数がなんとか納得できるような折衷案だ。
記事には,
これだけ相反するパラダイムが行動を共にしようとすれば、衝突は避けられない
とあるけれど,「まだ判断がつかない分野」で「大多数がなんとか納得できるような折衷案」を決定するからこそ,政治のプロセスには,曖昧な部分や不確定な部分を最小限にする努力が求められるのだと思う.そのためには,やはり客観性と確実性のある科学的な情報を誠実に取り入れていく必要があるのだと思う.
環境科学という分野をやっていると,政治と科学との問題に踏み込まざるを得なくなる場面が多い.そういう場面で科学者が妥協点を提案しているようじゃ,本当はいけないんだろうな.やっぱり,あくまで科学的根拠と証拠に基づいた客観性のある成果を出すのが科学側の本筋だろう.
その中で,他の科学分野との違いを環境科学の中に見いだすとすれば,科学音痴な政治家や市民に,科学の成果を率直に分かりやすく誠実に伝える使命を負っていることなのではないか,と思ったりする.