システムの外側に飛びだす、と原理原則
「システムの外側に飛びだす、つまり○川流にいえば別の地平にたって世の中を相対化し、ダイナミックに常識を揺り動かす、というのが冒険者の役割だが、政治の中心にいる人たちにこれをやられると社会がものすごく混乱するだけである。」
この一連のtweetは角幡氏にしかできない言い方です.うらやましいと思うと同時に,ちょっと救われた気持ちにもなりました.https://twitter.com/kakuhatayu…/status/1401005790501081090
数年前の東大総長の入学式の式辞の中に『知のプロフェッショナルになるためには,「原理原則や根本にたちかえって考える素養」が必要』という新入生へのメッセージがありました.私は自分の授業の中でこの言葉を引用して,学生のみなさにんは「原理原則で考えて」と毎日のように言ってきています.科学には,そうした「立ち返るべき原理原則や根本原理」がちゃんとありますし,そもそも,日本国憲法の遵守,倫理の尊重という人間としての大きな原則がありますから,アカデミアではしごく当然のことをしているに過ぎません.
一方,その目の前で現政権は,原理原則をまったく無視した政治を繰り広げています.「反・知性主義」「記録を残さない隠蔽・改ざん主義」「学術会議問題」「ネポティズム」など,枚挙にいとまはありません.しかもこの状況がもう8年も続いてしまったので,学生の皆さんにとっては学びの期間のほぼ全ての期間となってしまい,これはもうとりかえしがつかないところまできてしまいました.
そうすると,大学で教えている原理原則が,たんなる建前としか学生はみてくれないのではないか,という心配がおきてしまうのです.本来お手本となるべき政府が,原理原則破りをしてくれているので,学生に教えるときには「あれは例外だからまねしないでね」といちいち断らないといけなくなっています.私たち大人にとっては,原理原則が普通だった時代をあるていど知っていますから,よけいにそれが残念なのです.
一方で「探検と冒険」を標榜し「地平線報告会」にも参加するゼミを主催していると,角幡氏がいうような「システムの外側に飛びだす(つまり○川流にいえば)別の地平にたって世の中を相対化し、ダイナミックに常識を揺り動かす」という冒険者の役割への理解と実践にも挑戦してほしいな,というメッセージをゼミ生たちに発信しつづけていることにもなります.これはある意味では「原理原則や根本」のしがらみからの解放をアジッていることにもなっているわけです.それで今回の○川氏のこの発言.「これはますます困ったことになったな」と思っていた矢先に,当の角幡氏自身がこうつぶやいてくれたことは,本当に救われた気持ちになりました.
この角幡氏の一連のtweetは,何重かのねじれ構造になっていますから,ゼミ生にダイレクトに提示すると,ねじれのどこかで迷子になっていまうか,へんにねじれたままあっちの水平にいってしまう危険性があります.それほどまでに,今の学生は飼い慣らされてしまっています.この複雑な状況をゼミ生たちにどう伝えたらよいか,次のゼミまでの宿題ができてしまいました.
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