赤い鈴蘭
「赤い鈴蘭」は、最初に越冬した34次のときはフィルム映写機で、メインの映画の前座として2話づつ上映していました。オリジナルのフィルムが日本に残存しておらず困っていたところ、昭和基地にあるよ、ということで日本に持ち帰っています。47次で越冬したときはすでに持ち帰ったあとで残念ながら鑑賞できませんでしたが、フィルムをDVDにしたのを48次が再度昭和基地に持ち帰ってきています。それでこの交流が可能になったのですね。ちなみに63次越冬の現在は、その存在自体や、歴代の越冬隊が鑑賞し続けてきたという歴史を知る人もすっかり減って、私がいちいち解説する立場になってしまいました。