SONY CF-5950
実家の片付けをしていたら、納戸の奥から、ずいぶん久しぶりの“黒い箱”が出てきました。SONY CF-5950。1976年発売ですから、今年でちょうど50年になる計算です。
恐る恐る電源を入れてみたところ、なんと、普通に動くではありませんか。ダイヤル照明が灯り、メーターの針が静かに振れ、スピーカーからは、あの少し乾いた昭和の音が流れ出しました。
もちろん半世紀分の老いはあります。カセットデッキのフタを留めるツメは折れていて閉まらないので、緑色のテープで押さえています。けれど、その姿が妙にしっくりくるのです。完全無欠ではないけれど、まだ現役で世界につながろうとしている。
中学時代、電話級アマチュア無線技士の免許を取って、無線にもずいぶん熱中しました。夜な夜な電波を飛ばし、遠くの局と交信していた時代です。しかし、高校受験、そして大学受験が近づくにつれ、送信機の電源は封印されました。交信を始めると、どうしても時間が溶けていく。CQを出し、応答があり、ラグチューが始まれば、もう勉強どころではありません。
それでも電波の世界から完全には離れられず、机の横には、このCF-5950が置かれていました。深夜、問題集を開きながら、短波帯のSSBを追う。BFOを微妙に合わせ、フェージングと雑音の向こうから浮かび上がる、人の声とも機械音ともつかない信号に耳を澄ます。静まり返った夜。暖房の音。ノートに鉛筆をはしらせる音。そして、スピーカーから流れる「ピーギャー」という独特のSSB音。あのころの深夜ラジオには、不思議な伴走感がありました。自分は富山の片隅で受験勉強をしているのに、電波の向こうには、どこか別の世界が確かに存在している。その気配だけで、少し息ができました。
いまの時代、世界はスマホの中にあります。けれど昔は、世界のほうがノイズの海を越えてこちらへ漂着してきていました。周波数を少しずつ追い込みながら、雑音の底から声を拾い上げる。それは「情報を得る」というより、遠くの存在を感じ取る行為だったのかもしれません。
実家じまいの途中で、また妙なものを掘り当ててしまいました。ゴミの地層から発掘されたのは、古いラジカセではなく、“あの頃の深夜”そのものでした。
恐る恐る電源を入れてみたところ、なんと、普通に動くではありませんか。ダイヤル照明が灯り、メーターの針が静かに振れ、スピーカーからは、あの少し乾いた昭和の音が流れ出しました。
もちろん半世紀分の老いはあります。カセットデッキのフタを留めるツメは折れていて閉まらないので、緑色のテープで押さえています。けれど、その姿が妙にしっくりくるのです。完全無欠ではないけれど、まだ現役で世界につながろうとしている。
中学時代、電話級アマチュア無線技士の免許を取って、無線にもずいぶん熱中しました。夜な夜な電波を飛ばし、遠くの局と交信していた時代です。しかし、高校受験、そして大学受験が近づくにつれ、送信機の電源は封印されました。交信を始めると、どうしても時間が溶けていく。CQを出し、応答があり、ラグチューが始まれば、もう勉強どころではありません。
それでも電波の世界から完全には離れられず、机の横には、このCF-5950が置かれていました。深夜、問題集を開きながら、短波帯のSSBを追う。BFOを微妙に合わせ、フェージングと雑音の向こうから浮かび上がる、人の声とも機械音ともつかない信号に耳を澄ます。静まり返った夜。暖房の音。ノートに鉛筆をはしらせる音。そして、スピーカーから流れる「ピーギャー」という独特のSSB音。あのころの深夜ラジオには、不思議な伴走感がありました。自分は富山の片隅で受験勉強をしているのに、電波の向こうには、どこか別の世界が確かに存在している。その気配だけで、少し息ができました。
いまの時代、世界はスマホの中にあります。けれど昔は、世界のほうがノイズの海を越えてこちらへ漂着してきていました。周波数を少しずつ追い込みながら、雑音の底から声を拾い上げる。それは「情報を得る」というより、遠くの存在を感じ取る行為だったのかもしれません。
実家じまいの途中で、また妙なものを掘り当ててしまいました。ゴミの地層から発掘されたのは、古いラジカセではなく、“あの頃の深夜”そのものでした。