「しらせ」の後継問題

砕氷艦「しらせ」の後継船の建造予算がつかない問題で,著名人が動き出したらしい.

エドモントン滞在記(12/14)にも書いたが,南極に関する国策としての日本の視点の貧弱さは今にはじまったことではない.そもそも,昭和基地の建設に始まる現在の観測事業だって,朝日新聞のキャンペーンや永田武教授の熱意に共感した国民の盛り上がりに負うところが大きいのだ.

中国の有人宇宙飛行を時代遅れと評したり,日本もやろうと思えばすぐにできる,なんていうのは,負け惜しみにすぎないばかりでなく,「やってこそ本物」ということを分かっていないフロンティアスピリットの欠乏を示すよい証拠そのもので,南極観測への無理解と根底ではつながっている.

これからの南極観測には航空輸送も視野に入れていく必要があるし,今回から外国と共同で航空機を使った人間の移送が試験的に始まるが,物資の大量輸送はやっぱり船.次の船がなければないで,外国の砕氷船をチャーターすることもできるが,これじゃ,人工衛星を打ち上げるのにNASAのロケットに頼るのと同じこと.そもそも,船の建造に金を出さないという政府の無関心さや優先度の低さが問題なんである.

実は,これまで日本の南極観測は一度中断したことがある.1962年に6次隊によって昭和基地はいったん閉鎖され,その後1966年に7次隊によって再開されたのが現在まで続いているのだ.

これまで南極用に使われてきた船のうち,中断前までに使われていた初代の「宗谷」を別として,再開後に就航した二代目の「ふじ」と今問題になっている三代目の「しらせ」は砕氷「」と呼ばれている.これには,それなりに意味があって,勘のよい方は意味を察していただけると思う.そのことにキナくささを感じて好ましく思わない方々も多いと聞いている.しかし,国策がからむということは,そこまで覚悟しなければならい面もあることは事実.そもそもなぜ「文部科学省」が「艦」の建造の予算取りに苦慮しなきゃいけないのか,ホントにこの国はどういう仕組みになっているのかよう分からんのではあるが,砕氷艦を登場させることによって,一度中断した南極観測を復活させた当時の関係者のしたたかさは見習わなければならないかも…

復活当時に関係された政治家は,今回の総選挙では定年退職される.そういう時期と重なるのは単なる偶然かもしれないが,政府が,もはや国策としての南極観測の重要性を意識せず,優先度を下げるというのであれば,四代目としては,純粋に「船」としての運用が可能な学術船を建造する動きにつながってもよいのではないかと思う.学者としてはそちらのほうがずっとうれしい.

なお,滞在記のリンクにある「日本人とフロンティア」は,幸いまだ生きていたので,一読されることをお勧めする.