オープンフォーラム南極第1部

1912年に白瀬南極探検隊が最南端に到達し「大和雪原」と命名した日.オープンフォーラム南極●第1部会場と昭和基地とをネットテレビ会議システムでつなぐ準備を早朝から開始.

先日昭和基地を訪問された今井さんと立松さん,そしてメガスターの作者である大平さんがパネリスト.私は,48次宮岡隊長と昭和基地側を代表してネットテレビで出演.越冬中には,南極展ライブステージを70回以上実施したけれど,その時に日本側の進行役でお世話になった女性が今回も進行役.彼女には我々のことやテレビ会議のクセなどをよく理解していただいているので非常に心強い.

今井さんの昭和基地レポートにあった「人格者」との隊員評に赤面し,立松節で語られる氷底湖「The Day after Tomorrow」説との関係の解説に感じ入る.大平さんのほうは,じつは私が以前からファンであった御仁.メガスターの簡易版であるホームスターや,メガスターの誕生物語をドラマ化したTV番組の録画を,ここ昭和基地まで持ってきていたほど入れ込んでいる.昭和基地のスタジオのテーブルにホームスターをさりげなく置いておけば,大平さんの関心を引けるに違いないと思ったのだけれど,ホームスターも録画DVDもすでに持ち帰り物資の中に入れて出してしまっていて,非常に残念な思いをした.

当初の予定では,私は,パネリスト3氏の講演のあとで47次越冬活動の概要と現在の様子を簡単に説明する程度でよい,という話だった,フォーラム後半のパネルディスカッションにも引き続き出演したけれど,その議論でも,なにか意見を求められたときにちょこっと答えるだけでいいから,と言われて座っていた.

ところがパネルディスカッションに入っていきなり,会場からの質問コーナーになってしまって,半分以上はこちらで答える展開になってしまった.越冬中に実施してきた南極教室やライブステージのようなノリで,大人から子供までの高度な質問にアドリブで対応する.すっかり身に付いた反射神経のようなものかもしれない.それでも,せっかく出演していらっしゃるパネリストの皆さんになんとか話題を振ろうと思って,質問と回答の間がまのびしないよう頭の中をフル回転させて画策したけれど,なかなか思うようにはいかなかった.

その他にも,札幌管区出身の48次気象庁隊員の奥さんが登場するハプニング?もあって,予定を一時間近くオーバーして終了した.

午後からは,明日の第2部,および50周年記念式典会場とのネットテレビ接続の準備.しらせの艦長も昭和基地入りして,神山・宮岡両隊長と式典対応について打ち合わせ.皇太子殿下も臨席なさるという記念式典は,今日のような大幅な時間超過という事態は問題外という厳密な進行スケジュール.秒刻みのシナリオに対応すべく,念入りなリハーサルを実施して明日に備える.