デッドコピーとクリエイティブの違い

今日は昨日の代休日.それでも研究室にいる.昨夜のHDD修理が不完全だったようで,もう一度やりなおし.手順はもう慣れきっているので単純作業の部類に入るが,日中のアクセスが多い時間帯にサーバーをいじくることになるため,いかに不通状態の時間を最小限にするかで頭を使う.

こんなメンテ作業と並行して,企画段階の執筆プランについてつらつらと考えているわけだが,これまでもいろいろ書かれているジャンルだけに,二番・三番煎じにならないかというところが,頭を悩ませる課題.

たまたまネットで「世界中を「南極」にしよう」があって,これを読んでいると,柴田さんもやっぱり老練で引き出しの多いクリエーターなんだなぁ,と思う.

今から思えば,柴田さんと現地であまり多くお話できなかったのがちょっと残念.こっちはこっちで夏オペで飛び回っていて同じ場所で時間を共有する機会も少なかったし(だから三浦プロジェクトのこともこの本には一行も出てこない),お酒が入るととたんに船を漕ぎ出すお方でもあったし...

現在の南極観測事情は変化の展開が非常に早い.最新の南極レポートと思われるこの柴田さんの著書ですら,越冬を終えて帰国したばかりの私からみれば,古びてしまったように思われる内容もいくつかある.ここでは詳しく書く余裕はないけれども,柴田さんの提言が,ある意味では大きな世の中のうねりの中で否応無しに現実化する方向で進んでいる状況であり,ある意味ではまったく違う方向に進みつつある,というのが現状.

ということで,早い時代の流れとすでに多くの情報があふれてしまっている現状の中で,私は今,陳腐化もなくクリエイティブな原稿をどうまとめていくか,という問題に直面しているわけなんである.

とりあえず「良心の呵責」はおいといて,図太くやりたいように書きなぐってみようかな.