業界語
昨夜の追いコンの席で院生たちと話していて,彼らの世代にしか通じない言い回しが結構出てくることに気づいた.そういう言い回しを使っていること自体を楽しんでいる風でもある.それがわからずにトンチンカンな受け答えをしてしまうのは,こちらのほうで,彼らから「先生わかっちゃいないねえ」という顔をされた.
そのお返しに...「わかっちゃいない」はこっちのせりふ,ということで…
この前,院生の調査につきあったときのこと.宿泊した民宿での夕食時,テーブルに醤油が見あたらないと思ったある院生が,お櫃や調味料などが置いてあるテーブルに行って『それらしきもの』を取ってきてくれた.
その他「????」
院 生「ドロドロしたのやらサラサラしたのやら,いろいろあったので,一番水っぽいやつ持ってきました」
その他「????」
・・・沈黙・・・
私 「水っぽいといってもラベルにソースって書いてあるから醤油ではないんじゃないか?」
・・・かけてみる・・・
院生「やっぱりソースでした」
この院生は,その発した言葉だけでは即座に理解が不能なことがしばしばあるのだが,今回の院生の思考パターンを我々の言葉で学術的に表現するとこうなる.
さて,「立花隆秘書日記」の中で,著者の佐々木 千賀子さんが,東大生たちと一緒に流れ作業をする話を書いている.その中で,一番手のかかる仕事をしているところで流れが滞る様子を見て,東大生たちが「律測だ」と表現していたことに佐々木さんが感心する場面が出てくる.
「東大で上野千鶴子にけんかを学ぶ」の中には,著者の遙 洋子さんが,ゼミを通じて様々な学術的表現について学んでいく様子が綴られている.
これまでアカデミックな世界とは離れた場所で,それなりに活躍してきた人が,学問の世界の異質さというか独特さを感じて,その感想を率直に著書に記しているのは,読んでいても面白い.
要するに,学術的世界に生きるとかアカデミックに物を考えることができる,ということは,このようなことを言うのである.同様のことを,普段の生活の一つ一つの場面で,遊びごころであるにせよ「適用」できる東大生たちの姿は,見習うべきであろうと思った.
若者は得てして,身につけた力を早く試したがるし,自分たちの身内言葉を使いたがる.「かなり気がかりな日本語」の中で,著者の野口 恵子さんは,「『(マスコミやバイト先の)業界語』を使いたがる風潮」,と述べているが,「学術用語」も立派な『業界語』である.若者たちには,大学院にいるときぐらい,その世界に染まって『業界語』を連発してほしいものだ.
まずは身近な動作やエピソードを学術的に表現してみることだろう.酒の席でアカデミックな言い回しを遊べるようになれば本物に近づいた証拠である.そういうものにあこがれているというのが新コース入学生のこころじゃないのかなあ…