枯れて肥やしになっている業績

東京出張から帰札.雑用を片付ける.

帰宅したら日本人3人がノーベル物理学賞受賞のニュース.前にも書いたことがあるけれど,ノーベル賞ってのは「それがなきゃ今の科学がなかった」という業績に対して贈られるもの.いわば「枯れて肥やしになっている業績である」というのが私の認識.受賞者の益川さんの「たいしてうれしくない」という会見はまさに「言い得て妙」である.

ニュースでは日本の科学レベルの高さを示す快挙と報じているが,受賞研究が行われた当時の研究環境と受賞者の育った教育環境こそが評価されるべきなんであって,決して今の状況がこの快挙を生んだのではない.今回の場合は南部さんを日本人とカウントするか(南部さんの業績を日本の科学界が生んだものとするか)どうかという問題もあるし...

今年は北大の中垣准教授がIg Nobel Prizesを受賞したというニュースもあるし,なんだか2002年の再来のような気分.ノーベル賞ニュースに対して言いたいことも,繰り返しばっかりになってしまうのだが,日本の大学の研究・教育をとりまく状況は決して好転はしていないと思う.