富士山と氷河

一年間つとめた宿舎の幹事の仕事を次の一家に引き継ぐ.これでやっと肩の荷が下りた.

寒冷地形談話会のMLで,東大地震研究所の富士山ボーリング調査結果に関して話題が飛び交っている.

どの穴も大部分を泥流の堆積物が占め、東斜面の約三万年以前に堆積した層の二百メートル掘削ではすべてが泥流成分だった。富士山は火山灰、溶岩流で美しい円すい形になったとの説もあったが、噴火のたびに氷河が解け四方八方に泥流が繰り返し流れて形づくられたとの見方が強まりそうだ。

ということで,この泥流の水の起源の候補として「氷河」の可能性が問題になっている.富士山頂部に氷体が存在していた可能性はこれまでも何度か指摘されてきたけど,まだ誰も実証していないし,火山体の相当部分が泥流堆積物からなるというのだから,今回の結果はそれなりにあたらしみがある,ということ.

MLでの論点を整理すると,

  1. 泥流は,今回あらたに存在の可能性が示唆された「先小御岳」とどういう関係にあるのか?
  2. 氷河(氷冠)の存在を仮定するためには,氷期といえどもある程度の高度が必要で,雪線高度とも関わってくる.
  3. 氷河ではなくても,(十勝岳のように)積雪期に噴火があれば泥流は発生する.
報道記事に従えば,「約三万年以前に堆積した層の二百メートル掘削ではすべてが泥流成分だった」ということだから,「先小御岳」を覆う「古富士を含む本体」の大半が泥流堆積物だったと解釈できる.だから,泥流は富士山がある程度の高さになった時期に発生していたと考えて良いであろう.また,時期としてはLGM以前の寒冷期(たとえばMIS4)に泥流が多発していた可能性がある.

こう考えると,富士山の山頂部に氷体があって,氷底噴火したり氷上に火砕流や溶岩などの高温物質をばらまいて氷体を融解させていた可能性は十分にあることになり,上記の1.と2.はさほど問題にはならないのではないかと思う.

最大の問題は,泥流の水のもとが,氷だったのか,それとも積雪だったのか,という点である.もし厚い泥流堆積物がある程度長期にわたって断続的に堆積したものであれば,その水源となった山頂の氷体は頻繁に融けたり成長したりを繰り返さなければならないことになる.アイスランドの氷底噴火では,氷冠がなくなってしまうようなことはみられないが,あれは島のほぼ半分の面積を覆うような大きな氷冠である.それに比べたら,富士山頂部の氷体なんてあってもしれたもの.もしかしたら,一度の大噴火があれば氷体が消滅したかもしれないくらいだ.新たに氷化したマスができるまでにはそれなりの時間がかかるから,すみやかに氷体の規模を復元できるだけの降雪の涵養も問題になる.

となれば,厚い泥流堆積物の存在は,かえって氷河の存在を否定する要因になるのではないだろうか?実際,カムチャツカや南極の活火山では,山腹に谷氷河があっても谷以外の山腹や火口部には氷体が存在しないものもあることだし...むしろ,積雪のほうが毎年確実に期待できるわけで,十勝岳の例からも,積雪のほうが可能性は高いように思える.

これまであえて「氷体」という語を使ってきたけど,富士山のような山体の場合,山頂部を覆う「氷冠」と山腹を流下する「氷河」の二通りが考えられる.山腹の谷氷河だった場合,これは線としての谷に限られることになるから,火山全体を覆うような泥流の発生は見込めない.四方八方にということであれば,谷氷河の涵養域に氷冠があったことを想定しなければいけないだろう.このへんのことは,実際に氷冠や氷河を持つカムチャツカの円錐活火山が参考になりそうだけど...

火山噴火と氷体との直接的な関連性を示すには「急冷破砕」した噴出物を見つけることが確実だろう.しかし,氷河地形が明瞭な立山でさえ,なかなか「自破砕噴出物」の認定に戸惑っているほどだから,この問題はそうたやすいものではないと思われる.

と,ここまで考えて,今日は力尽きた.

平川先生は「議論しているよりもまずは調査」と言っていたけど,地理学会の時に話題が出ていた「寒冷地形の一日巡検」でもやってみたらどうかな?北海道からはちと遠いが...