国際南極大学

国際南極大学の集中講義で,今日は自分の出番.午後後半に昭和基地とのライブテレビ会議があるので,例年の構成を逆にして,氷床変動と海面変動の解説を先に行う.

午前の部を終えた頃に,雲のスクリーンの向こうにちょっとだけ欠けた太陽を見ることができた.その様子がAppleのロゴに見えてしまったのは,もしかしてMac病か?

午後,南極観測の現場事情を解説した後,テレビ会議に突入.極地研の会場も参加して三元通信となり,通話の総合司会役をこちらで担当.おかげで自分で写真を撮っている余裕はなかったけれど,昭和側の樋口隊員のBlogで様子が綴られているのでそちらに振っておくことにする.南極からの情報のほうが全体をよく表現できていて,まったく形勢が逆転しているんだけれど,今のネット時代がそういう時代なのである.

私的には,密かにファンになっている武田隊員とやりとりできたのが一番の収穫かな.

立川に移転したばかりの極地研は,同じ庁舎に国文学研と同居しているのだけれど,教育組織としても,極地研は極域専攻を担当し,国文研は日本文学専攻を担当して,総研大の中では同じポジションにいる.そのよしみで,東京の会場には国文研の院生さんも参加していた.そちらとのやりとりにも,極地研と国文研というほとんど接点のないような二つの研究機関の同居生活の実体と行く末が,なんとなく垣間見えたような気がして,それもまた収穫といえば収穫.

受講生にとって一番心に留めて欲しいと思ったのは,やはり同世代というか同じ院生の立場で越冬隊の任務に就いている村上隊員の言葉であった.曰く

南極観測隊員,というと,実体はどうであれ人々は今でもそれなりに敬意を持ってみてくれている.子供達が隊員の姿や発する言葉にあこがれと理想像をみいだし,感化されて自分の人生を方向付けていくきっかけになっている可能性を考えると,自分の立場の重みを意識せざるをえない.

まあこんな感じ.

この年になると,院生が南極観測を通じて育っていく様子には親心のような特別な感情がわいてしまう.たぶん自分の経験とも重なるから余計そうなんだろう.研究者としてのスピリットを育むことも確かに重要なんだけれど,観測隊には,それ以上の,人間として成長する(させられる)要素がたくさんあるんだろうと思う.はたして今の大学院がその役割をどこまで果たせているか,は,はなはだ疑問ではある.その意味で,今日の村上隊員の対応ぶりから,彼は確実に良い方向に経験を重ねているんだな,と思えて非常に頼もしく感じた.