長い眠りから目覚めた策士がみた近未来

家族がバタバタと病に伏せる中,看病がてら「日本の科学技術コミュニケーションのこれから」のUSTREAMを見る.USTREAMははじめて見たけれど,twitterのようなつぶやき系の投稿システムと連携してマッシュアップしているところなんかは,大きな可能性を感じた.

実は同じようなシステムを私も作ったことがある,まだストリーミングが個人レベルでは簡単にはできなかった時代の話だ.といってもほんの6-7年前のことなんだけど.もちろんTwitterもその頃はまだ存在していなかった.

当時は札幌水俣展森と川のフォーラムなんかをやっていた.ガイドコースの指導の一環として,科学と社会をつなぐリーダー層や環境教育の指導者の育成を目指していた中で,こういうシステムにも目がいっていたというわけで,その時にすでに,今回のCoSTEPの試みのようなこともやっていたし,それなりのシステム構築も自前でやっていたんだよね.実際,イベント開催中は生でストリーミングもしたし,その後には録画画像をアーカイブしている.さらには,動画の横にプッシュでオートリロードできる一行掲示板のフレームを貼り付けたりして,質問したり議論したりできるようにもしていた.残念ながら,こうした当時の試みは日の目を見る前に土台そのものが崩壊し,さらには,私の努力も実績も完全否定されるという憂き目にもあってしまった...おかげでそちらの方向に行きかけていた私の視点は一気に南極へと引き戻されていくことになるのである...

あの頃に試行していたことが,今やUSTRESMやTwitterの登場によって,高価な機材もプログラミングのスキルも必要なしに誰でも気軽に展開できるようになった.ネットやPCの進化がめざましい今日,技術的にはどんどん陳腐化していくものが多い一方で,こういう機能を実現したい,とか,こうすれば新しい展開が期待できるとか,そういう発想自体はもう少し長生きできる.当時抱いていた同じ思いをずっと続けてきていられれば,別の生き方もあったかも知れないと思ったりもする.

いづれにせよ,今回のCoSTEPのシンポとその裏で動いていたUSTREAMの企画に感じたことは,数年ぶりに長い眠りから目覚めた策士が感じる近未来の世界だ,という思いである.眠りに就く前に目指していた構想が,技術的にも精神的にもデジタルデバイドの「垣根」や「敷居」が非常に低くい状態であっさりと実現されている近未来である.そして,その中で交わされている生身の情報はといえば,眠りにつく前とはあいもかわらぬ議論がグダグダと熱心に繰り返されている,というオチ.SF小説家なら,この感覚をもっと面白く表現できるんだろうけれど,とりあえず,今の私にはこう表現するのが精一杯.

ずっとパソコンの前に座っているわけにもいかないので,iPhoneで見ようと思ったけれど,今回のシンポはiPhone向けの視聴登録がされてないみたいで残念.それにしても,iPhoneからでもUSTREAMにアップやダウンができるというのは,スゴイ時代になった,の一言につきる.

今夜は,看病疲れもあって,頭の中は爆発状態.