全員入学
今夜も豊平川でドン.花火ファンの私は,この音を聞くと落ち着かなくなる.仕事も手につかず.
読売新聞によると.あと数年で大学志望者と定員の数が一致するらしい.
実は,大学院はとっくの昔にこの臨界値を超えている.その現場にいる者の実感としては,定員を満たさなきゃいけないプレッシャーと修了させなきゃいけないプレッシャーとが同時に重くのしかかっているんだなぁ...その結果はというと...
余剰博士問題との抱き合わせで考えると,このままの路線でいけば,大学全入・全員博士,なんてことになったりはしないだろうか...そうなれば「余剰」なんて言われ方も消えるだろう.考えてみれば「余剰学士」「余剰修士」という言い方は聞かない.でも,実態としては「余剰高学歴社会」は随分前から到来していたように思う.
「余剰」という形容詞は,特別な資格や技能をもった人が本来期待されている能力を発揮できる場がない,という状態を表現したものだけど,みんながその特殊性を持つようになれば,それはもう特殊でもなんでも無くなってしまうと言うことでもある.そのかわり,皆が高等技能を取得するということは,国民レベルでのポテンシャルをアップさせる,ということにつながる.それでも,平均以上の能力への需要はなくならないだろうから,それこそ屋上屋の上を積み重ねていく事態になる.
記事では,ブランド力や求人力のない大学が淘汰される時代になったとあるが,大学院も同じことで,希望者がいないこと,なかなか修了者を出さないこと,を理由に講座が取りつぶされることだってあり得る.そのうち「北大の某講座・定員割れで取りつぶし」なんて恥ずかしい記事がでないとも限らない.
でも,おそらく運営者はそういう評価を世間にさらしたくはないだろうし,賢く学問の本質を見抜いている運営者であれば,問題の本質がそもそも数にあるわけではないことを知っているはずだ.数というのはとりあえず見えやすい指標だから,ついつい数合わせに汲々としがちになるが,それでは中身が取り残されてしまうのは必定.その結果,結局はブランドも求心力も,はては学問の意義・理念まで失うことになる.余剰博士問題がそのことを如実に示している.私としては,北大の運営者にはその点を見抜く力があるはずだ,と期待したい.全体のレベルがアップするのであれば,最高水準のところを大学院に固定して,つねにその部分を受け持つようにしていかなければいけないのだ.安易に一度でもレベルを落とすと,後で回復させようと思ったときには相当の時間と労力をさかねばならないだろう.
この際だから,入学希望者はみんな受けいれてしまって,代わりに出る方を厳しくしたらよいのじゃなかろうかと思う.もちろん,安易に指導を放棄させないように,習得・修了要件を細かく規定する必要はある.これをやれば,共通試験の抱える様々な問題や受験戦争なんてのも無くなる(一部には,医者や弁護士などの儲かる職業を目指して狭き門に群がる連中も残るだろうけど.そういう連中には好きなように受験ごっこをさせておけばよい.余談になるが,医者と法曹界に関しては,米国のように,まず一般の学部を卒業していることを医学部・ロースクールの入学条件にする必要があると思う).出にくくなれば,大学生も必死になって勉強するだろうから,大学レジャーランドなんて評価もなくなる.教員はずっとそれを期待してきたし,学生のやる気に十分応えるだけの覚悟はすでにできている.
余剰博士問題も結局は「数さえ出せば」という甘い見通しに基づいた結果だった.この失敗政策の尻ぬぐいをさせられるのは御免こうむりたい(今回の統計値にしても年金・出生率にしても,政府の推計は悪い方にはずれるのが常となったことだし).修了者数には目をつむって質を重視する,という生き残り戦略のコンセンサスが大学運営者と教員との間で得られればうまくいくような気がする.もちろん,学生・院生・その家族にも,大学とはそういうところだ,という意識が浸透するにこしたことはない.極端な話「あそこの研究室は出るのは厳しいけど指導だけはしっかりしている」とか「さすが,あの研究室で鍛えられてきた人だね」と評価してもらえる世の中にしなきゃ.そういう価値観の転換は,大学が自ら推し進めるべき課題だと思う.
在外で聞いたところによると,カナダの大学では学部一年時にドロップアウトする者が相当いるという話だった.ここではそもそも入るのはそんなに難しくない.経済的理由もあるだろうけど奨学制度は日本以上に充実しているので,結局はついていけなくなる者が多いということだ.世の中もそんなもんだと認めているように感じた.それに,大学生には社会人経験者も多く,生涯教育というか,自分の力を磨き直して再出発するための場,という側面への認識も定着している.
まあそれにしても,希望する全ての人が高等教育を受けられる,という条件が少なくとも数の上で整うのは悪いことじゃない.といっても,需給の面で志願者が減っていることが全入の要因となっていることを考えると,授業料は毎年のように値上がりしているわけで,進学を希望していても学費の負担と景気の問題から進学をあきらめざるを得ない人がいることも確かである.従って,定員を満たして存続を図ろうとするためには,準備段階も含めた受験にかかる費用と入学後の負担を軽減する措置をとるのが筋だろう.入試廃止と奨学金の充実は急務かもしれない.
逆説的にいえば,今の大学院ほど入りやすいものはない.教員にそれなりに指導力・研究力があって,設備や資金面で研究環境が整っているところをねらえば,楽に入れて即世界レベルの研究にふれることができるのである.やる気と向上心のある学生にとっては,まさに天国のような時代.そういう意味では,実はうちの研究科は穴場かもしれないよ...出やすいかどうかは別として.