対話

お昼に,学院入学希望者と談話.その後,共同研究の報告書を送付.ちょっと息抜きにAppleの新発表製品たちについて情報収集.

査読から戻った論文の修正.改訂作業とは,査読者との対話でもあり,初稿を出した時点での自分との対話でもある.この対話が楽しい場合もあるし苦痛な場合もある.今回のは比較的楽しいほう.気が付いたら,晩飯も食べずにキーボードをたたいていた.

作業しながら思ったこと.論文ははたして人格を反映するか?

研究者の実力と信念を賭けて書いているんだから,論文の相当部分は自分の分身であることは間違いない.しかし,その外側に,冷静に論文をみつめて過去の自分と対話してる自分がある.だから,丸写しの分身というわけではないんだろうと思う.

査読者との対話でいえば,論文のウラに自分の人格を透かし見られているんではないか,なんてふと思ってしまうことがある.初稿時に分かっていながら手抜きした部分を見事につかれているときなどは,特にそう思う.

しまったな,やっぱりな,なんて思いながらも,誠実に一つ一つ改めていく作業は,初稿時の自分を改めていく作業でもあるし,突っ張って押し通すところは,深い部分で自分の本質を反映している部分なんだろう.

だけど,これが本当の自分ではないな,と思ってしまう部分があることも確か.ほんとうはもっと別のことを言いたいし,別のことを究めていきたいのに...いったい何やっているんだろう...なんて思ってしまうんだよね.

お腹がすいた.