カレンダー

先日の研究集会の懇親会で,JAREの管理にグループウェアを導入する予定だという話を聞いた.

同様の試みとして,私は10年ダイアリーというのをパソコンで独自に作っていて,過去数年間の同じ日・同じ週に何をしたかが一目で分かるようにしている.パソコン上の蓄積はまだ6年分しかないけど,それ以前の数年間をシステム手帳で記録しているので,両者を合わせて結構重宝して使っている.グループウェア導入の計画にこの10年ダイアリーの話をしたら,随分興味を持たれてしまった.

学生から院生へ,院生から社会人へ,という人生の変化の中で,ディスコンになってしまって使えない記録もある.今回の法人化の変化も,そういうディスコンの一つになる可能性は大きい.

そういえば,逆に,この先の一世紀分が一枚に印刷されたカレンダー,というのもあった.これを眺めていて自殺者が何人か出たので発売中止になったという噂も聞く.

もっとスケールを広げれば,地球の四十数億年の歴史を一年になぞらえた「地球カレンダー」というのもある.人間の一生,いや文明の盛衰すらほんの数秒に換算されてしまうすごいカレンダーだ.でも,これをみたとしても「地球ってすごいんだぁ」と感心こそすれ,自分の人生に悲観的になることはまずない.

人間なんて,結局は自分の思惑の及ぶ範囲に一番敏感な動物なんである.巨大洪水にしても,漸進主義vs突発主義の対立にしても,結局は人間の所業のなせる些事であると思えてきた.それを超越し,普遍性を手に入れるためには,哲学と宗教が必要なんだなあ,とつくづく思う.サイエンスをやっていても,結局人間性へのフィードバックとして行き着く先がそこになければ面白くない.

などと考えつつ,締めきりが迫った火星論文の改訂原稿の推敲を重ねる夜である.