昭和基地再訪

日本の皆様ご無沙汰しておりました.昭和基地から久しぶりの雑感更新です.

imageこれまで,しらせにのって南氷洋を越え,我がD論発祥の地「ルンドボークスヘッタ」での野外調査を実施するという約一ヶ月の行程を経て,ようやく昭和基地内にある「夏宿」という飯場の労働者になったところです.昨夜までは,四夜連続の徹夜の氷上輸送作業でした.

基地の母屋のほうは,2月1日の越冬交代まで前次隊の管理下にあり,我々47次隊は用事がない限り自由に出入りは出来ません.ということで,本来ならば,本丸入場をはたして我々が天下をとったところでこのBlogを再開しようと思っていたのですが,本日,思いがけず越冬隊長から,本丸で開催される戦普請への同行を申し渡されて,本丸初入場を果たしてしまいました.実に13年ぶりの再訪です.

image「本丸」とは,基地の中心となる「管理棟」のことで,私が前回越冬した34次から使い始めた建物です.当時,34次越冬隊は,新居での越冬生活を満喫する栄誉に浴することができたのですが,それから13年を経過した現在,再訪した管理棟には新しい居住棟や発電棟が連結されていて,内部もすっかり使い古され,当時の面影はすっかりなくなっていました.

世の中には,古くはなっているけれども,年月を経ただけの厳かさや味が出てくる建築物があります.その一方で,使いこんでいくうちにただ古びていくだけ,という建物もあります.最近の建築物は,近代的ではあるけれども,ただ古びていくだけという建物が多いような気がします.例えば北大でも,農学部や旧理学部(現博物館)の建物は,年を重ねるだけ味が増していくように思えますし,工学部や地球環境の建物などは,ただ醜く古びていくだけ,という部類に入るのではないでしょうか.

昭和基地もその例外にはもれず,前回の越冬で満喫できた管理棟の新しさと近代性も,内部をみれば,今はただただ,醜悪な姿をさらしているだけのように私には思えました.これを昭和基地再訪の第一報としなければならないことを,非常に残念に思います.

13年前にも,昭和基地開設当時から残存していた通信棟や旧食堂棟など,古びた建物はたくさんありました.しかしそれらは,厳しい南極の自然と孤立した環境のなかで戦ってきた観測の歴史や伝統を伝えるかのように,威厳と趣をしっかり保っていたように思います.また,往年の観測事業の歴史を物語る建物と基地近代化のシンボルである管理棟との混在,というコントラストが,南極初体験だった当時の私にとって,南極観測事業の歴史に思いを馳せる意味で,非常によい刺激になったのだと改めて思い直しました.逆に,ただ醜悪さを増していく基地に,今後どれだけの隊員たちが歴史や伝統や先陣の苦労に思いを巡らせることができるのだろうか,と疑問に思えてきます.

もちろんそうはいっても,少しでも快適な越冬生活を実現しようとされてきた35次以降の歴代観測隊の方々の努力があったことは確かです.それは尊重しなければなりません.その「現代的」昭和基地でこれから一年間を過ごすことになる私としては,醜悪化に最初の手を染めた一員であったことへの自戒の念も込めつつ,せめて,先達の努力と工夫の跡を注意深く発見する二度目の越冬生活を展開していきたい,と決意を新たにしたところです.

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