脳内シミュレーション

今日は一日中風が強い.11倉庫前を片付ける予定は中止.

パソコンの前に座って,札幌にいる自称「移動局410号」に指令を送って,秘密のミッションをゴニョゴニョと...ようやく成功にこぎ着ける.410号お疲れ様.

午後,隊長室で年間の安全対策スケジュールを協議.

朝日新聞の「ひと」覧に100万年氷床掘削の立役者「本山さん」が載っていた.記事そのものは簡潔だが,越冬記者の手による文章だけあって,ドーム計画に人生をかけてきた人物の紹介としてはなかなか的を得ていると思う.

一昨日には,47次同行者のジャーナリスト柴田さんの記事も載っていた.こちらの方は今月初めの記事に続く後編で,しらせ退役後の観測隊のありかたについて提言されている.内容は白石隊長の考えそのもののような気がするんだけど,私の理解が間違っているかしら?

自前の砕氷船が来ない年,ここまでふくれあがった巨大な昭和基地をどう維持し,重要な観測をどのようにとぎれさせずに続けていくか,という問題は結構深刻である.私自身,実際に昭和基地で生活しながら,もし今,人員は今の半分で,物資はこれまでの備蓄だけを頼りにしてやっていけ,と言われたらどうするだろう...などと折に触れ,脳内シミュレーションを繰り返している.

仕事場に行くたびに横切る発電機.これが止まったら基地の内部はすぐに凍りついてしまうだろう.内部の循環系も常時監視が必要だ.常に様子をみていなければ異常な値を出してしまったり,センサーがいかれてしまったりしてしまう最新の精密観測機器はいっぱいあるし,一度電源を落としてしまったらちゃんと再起させられるかどうか不安のある年代物の電子機器も少なくない.

人間の場合,極限の環境下におかれた時,まず指や手足などの端々から機能を切り捨てていって,最後に内臓と脳を維持するようにできているという.この昭和基地も危機的状況に際してそんなふうに対応できるのだろうか?もし指や手足のように切り捨てられる箇所があるとしたらどこだろう?そして,一番最後まで守らなければならない内臓や脳に相当するのはどこなのだろうか?そもそも昭和基地は,そのように機能的に考えられて作られているんだろうか?はたまた,そんな状況で越冬する隊員の負担はどんなだろう?そんなことを考えている.

脳内シミュレーションなら国内でもできるけれど,南極の強風が壁を揺らす音を実際に聞きながら考えていると,そんなに簡単なことじゃないな,とつくづく感じて,今のうちにストイックな最低限の要素で昭和基地の生活を実践してみようか,なんて提案してみたい衝動に駆られてしまった.