パワハラと組織論

ALOSの昭和基地上空画像がようやく得られたそうで,そのキャリブレーションのためにコーナーリフレクターの正確なGPS座標をだしてくれ,と依頼が来た.早速,コーナーリフレクタのそばで24時間のGPS観測を開始.

昼過ぎに海氷GPSの設置.日差しが暖かく,風も弱くて小春日和.氷の上で昼寝でもしたくなる気分.

VLBIの記録システムのソフトのバージョンアップの依頼が来たので早速対応するも,なぜかコンパイルできず敗退.指示を待つことに.ついでに,あやしいLayer2のARPパケットが流れていて,FreeBSDのコンソールに頻繁にエラーが出ることが判明.非常にウザイ.どっかのPCのVPNあたりが怪しい.なんとかはじきたいのだが,ipfwのバージョンが古くて対応不能.FreeBSD自体のバージョンをあげなきゃ無理か...下手にいじるとうまくいかなかったときに観測に支障がでるので,とりあえず放っておく.

夕刻,定例のオペ会(このために今日はいつもの「長距離通勤」をキャンセルしていた).その中の議題の一つに出ていたのだが,観測隊もハラスメント問題に取り組まなきゃいけない時代になったようで,極地研では次の隊の集会に,わざわざ専門家を講師として招いてレクチャーしてもらったとか.そのプレゼン資料やビデオを昭和基地でも見せることになったらしい.

ついでに隊長が,例の阪大のねつ造・自殺事件を扱った,Natureの記事(Ichiko Fuyuno and David Cyranoski. 2006. Nature 443: 25)も資料として用意していた.『服毒自殺は普通ではない...他殺では?』という.研究者として私も興味あるので隊長の気持ちも分からないではないが,この記事は観測隊にはあまり関係ないんじゃないかなぁ...

それよりも,隊長が用意していたもう一つの資料『パワハラを減少させるための社会基盤』というの中の『組織と構成員』の考察のほうがおもしろい.隊長は組織論における構成員の役割の見方を分類して,

  1. 伝統的組織論/古典的管理論…構成員を受動的道具とみなす
  2. 人間関係論…各構成員は人間として自分の動機や価値や目的を持っている.組織行動のシステムに彼らが参加するには,動機付けや誘因が必要.個人の目的と組織の目的の間に矛盾があるため,構成員の態度やモラルの問題が,組織行動の説明に中心的な重要性を持ってくる.
  3. 近代組織論…構成員は意思決定者ないしは問題解決者である,意思決定のための認知や思索のプロセスが,組織行動の説明に中心的な重要性を持ってくる.

としている.

まあ,観測隊全体としては2番目の分類が一番近いんだろうけれど,国家プロジェクト規模で南極観測を見れば,まだまだ1の要素で見られる部分が強いと思う(特に為政者からみれば).越冬隊という組織でみれば,逆に,それ自体が小さい組織なので,役割や専門性は特化されており,3番目の要素の集合体として見るほうがピッタリ来ると言ってもいいかもしれない.白石総隊長がJARE47のスローガンとして挙げていた『三人寄れば文殊の知恵』というのは,こういう意思決定や思索のプロセスのことを言い現しているのだろう.

一番問題なのは,本来3番目ぐらいの気持ちで自立していなければならない越冬隊員でも,他の部門のサポートにまわったとたんに1番目の構成員に成り下がってしまう可能性があるという点だ.特に,危機的場面や未経験の領域に踏み込んだときに,どのような反応を示し,感想を残すか,という点は,個々のキャパシティにも左右される問題でもある.近頃は,南極という特殊な自然環境に対する個人個人のキャパが狭まっているような気がしないでもない.

ちなみに,AACHは元来,3番目の要素が非常に強い組織である.一時期,2番目の要素が強まったこともあったが,決して1番目に分類されるような組織になったことはないと思う.このへんの考察は部報14号よりも13号のほうが良く表現できているように思う.その点では,14号の出来具合には「もう一押し」という気持ちが残る.

ー閑話休題ー

『組織と構成員』に戻るが,ここで「なぜハラスメントが組織論と結びつくの?」という疑問が残る.実はそこに,《頭の切れる》隊長の『思考の飛躍』が我々に突きつけられるいつものパターンが発生する.そこで飛躍を埋めるために私流に解釈してみることにする.

ハラスメントの一方は『権威者』である.よって,その権威者とは組織の中ではどのようにとらえられている物なのか,という命題が発生する.隊長はその命題を考察し,その結果,この組織論の分類が提示されたのであろう,と思うわけなのである.

つまり,現代風・近代風の組織論で言えば,「権威」なんて絶対的なものはなく,それは権威を受け止める構成員の側にある,という結論なのである.それが題名の『パワハラを減少させるため...』というところにつながるのだ.

ところで,隊長がいつも言っている『自己責任』はこの中にどう位置づけられるのだろう?