「氷河地質学伝道」のための曼荼羅

この春から学部の役職についたのでゼミ以外の授業は免除されているのですけれど、それが決まる前から依頼されていた大学院の集中講義だけはやらざるを得ず、久しぶりに本業の「氷河地形」と向き合う「濃い5日間」を過ごしました。
 シラバスに指定した教科書は岩田先生の「氷河地形学」。東日本大震災の年に出版されて、もうあれから13年もたってしまいました。この書評を頼まれて研究室のワープロに向かっていた最中に、あの揺れがちょうどやってきたのでした。
 かつて私が別の洋書を書評した際に筆が滑って「古くさい教科書はいらない」と書いたために、岩田先生はこの教科書の執筆を一時は断念しようとすら思った、という衝撃的なことが前書きに書かれているのです。3.11発生当日の私は、岩田先生がご自身の逡巡を乗り越えて無事にこの大著を出版されたのを目の前にして、かつて生意気なことを書いてしまった言い訳をつらつらと書き出していた最中だったのでした。そんな、はずかしくも世紀の大災害と重なった思い出深い私の書評は、J-Stageのこちらで読むことができます(https://www.jstage.jst.go.jp/…/4/84_377/_article/-char/ja)。
 さて、肝心の講義のほうですが、地理学を専攻する大学院生という、普段やっている社会学部の授業に比べたら100倍くらいガチな場を与えられて、この激務の合間に乗り切ることができるかどうか非常に心配でした。でも蓋を開けてみれば、かつて北大でやっていたときの感覚もすんなりもどってきました。自分の本来の研究にたちかえることもできて、心地よい時間を過ごすことができました。さらに、岩田先生のこの大著も、年月の流れにはあらがえずに古くなってしまっているなぁ、と感じるところも多々あり、最新成果を取り入れた改訂の必要性も感じたりしています。こんなことを書いてしまうと、じゃぁお前がやれ、という声が飛んできそうで怖いのですけれど...
 そういうわけで、集中講義では、この本以降の最新成果も取り込んで、というところも意識しながら授業を進めました。私の研究室には、この前の南極越冬明けに広報担当としてやってきた「ふじ」の学芸員である山口真一さんが撮影した写真をひきのばして飾っています(こうして、タペストリーにしておくと、南極授業や講演会などの際に背景にしたりもできるので重宝しています)。最初にしらせの上でこの写真を見せてもらったときに、科学写真としても第一級の作品だと直感的に思いました。この写真はSNSで大変好評を博していて一般にも受けがよい傑作なのですけれど、ちゃんとこの写真を解説できている説明は残念ながらまだ見たことがありません。
 講義の中では、この写真一枚だけをスクリーンにずっと投影させて、小一時間ぶっつづけでしゃべりたおしました。氷河地質学の専門の目で見れば、それでも語り尽くせないほどの情報量とストーリー性を持っている作品だと評価しています。小一時間しゃべった内容をまとめたら、短い論文一本分ぐらいにはなるかもしれません。
 かつて立山信仰の伝道師たちは、山に登ることができない信者たちのために、立山周辺を天国と地獄にみたてた曼荼羅図を携えて布教に回ったといいます。このタペストリーはいわば「氷河地質学伝道」のための現代の曼荼羅なのだという気持ちでいます。自分の実家の稼業をどうするかはまだ未解決ですけれど、伝道師としての血筋は争えないのかもしれません。