コンテクスト

しらせの後継船問題に関して,内閣府の総合科学技術会議のホームページにある「南極地域観測事業」に関する評価検討についてのPDFを読んでいたら,地学はどうも評価があまり高くないらしい

私などは,「日本の南極観測事業」という,いろんな条件や制約があって,がんじがらめの状態の中での研究にしてはよくやっているほうだ,と思うのだが,やはり「結果が全て」なのかなあ.一応,輸送・設営・研究の予算配分が特殊性を示している,というような記述があるので,そこに期待.

「評価が低いから無用」と決めつけるのは正しくない.むしろ,もっと成果をあげて国際的なレベルに追いつかせなければならない分野なのに,どうしてそうならないのか,という視点を持つべきだろうと思う.

そのためには,もっと機動力を向上させて時間的制約を軽減させること,そして隊員資格のしばりをなくすことが必要だと思う.要するに欧米並みの条件を整えなさい,ということだろう.

自分が関係している地学分野に関していえば,これまでの日本の南極観測は非常に大きな制限の中で行われてきた.ヘリが飛ばなければ調査地に出ることすらできず,調査ができてもその時限りで,再訪の保証もないし,私の経験に照らせば,実際に再訪の機会が回ってこないことのほうが多い.今年から試験的に人員の空輸計画が始まるけど,それにしても昭和基地まで行ける訳ではないので,あてにはできない.現場での機動性が重要なんである.

これは,ロケットで月まで行って石を拾ってくるようなもの.そういう状況におかれた研究環境の成果をどのように評価すべきか,ということに関して,はたして評価者は正しい視点を持っているだろうか?

そのことで審査員の方々に是非知っておいていただきたい物語がある.それは,アポロ15号の物語.これについての詳細は,滞在記(9/5)に書いたことがあるので,そちらを参照していただきたいが,再訪の機会が保証されていないという現在の状態は,「コンテクスト」の把握というレベルでの仕事にいおて成果を迫られているに等しい,ということを訴えたい.

滞在記にも書いた通り,そのような仕事は,地質学の中でも最も重要で最も困難なこととされる.だから,評価者も,月に石を拾いに行った研究者を評価するぐらいの気持ちであってほしいと思う.

しかし,いまやこの現代において,世界レベルと言われる研究は,「月の石を取ってくる」ということに価値をおいて競争しているわけではいない.だから,日本の南極研究者をいつまでも「月の石とり任務」に就かせておくことは,日本が国際的な協調関係を保ったり,学術レベルで世界と伍して行くことを望む向きにとっては好ましくないことは明らかなわけで,そこをどうするか,が問われているのである.今のやり方で「成果が出ていない」と研究者を評することがあれば,それは酷というものだろう,とPDFの書類を読んでいて思った.