郷里への返事ーゲテモノ論考にかえて

さるところにしかけられた誤解の罠にすっかりはまってしまった私。

地元郷里で小学校教員をしている愚弟から、普段はほとんど連絡しないのに、早速以下のメールが来た。極地研の懇親会からホテルに戻る道すがら、彼が教える児童にもわかるように、ほろ酔い加減で返事を書いた。一風呂あびてさるところをみたら、返事したのと同じ見解が示されていて一安心。

兄へ
立山の氷河の発見(確認?)ですが、ちょうど1週間ほど前に福井先生の講演を聞いていたのでなるほどそういうことかとなんとなくわかったつもりでいたのですが、ブログにあったゲテモノって、どういうこと?

ゲテモノの意味ですが、立山は、同じ緯度のおなじ標高という条件で比べた場合、本来氷河が存在できない場所にあります。それがゲテモノの意味です。

たとえば、生態学的にペンギンが棲息できないようなところでペンギンが発見されたとしたら、それは、その発見されたペンギンが特殊な適応力を持っている、と考えるか、あるいは、これまで考えられてきた常識を超える何かさえ満たせばペンギンはどこでも生きていける、と考えるか、さもなければ、その場所にペンギンが生きていける何か特殊な条件が整っているのではないか、と考えるかです。

地理学的にみると、ヒマラヤから東に向かって氷河の分布線を伸ばしてくると、日本にかかる手前で線が途切れて、カムチャッカまで飛びます。途切れること自体は気候学的に考えても自然なことで、だからこそ日本に氷河がないことになっていてもだれもが文句を言う人はいませんでした。

ところが、今回の認定によって、世界地図の中の一本の線として立山の周辺に氷河の分布線が引かれることになりました。そうすると、非常にいびつで奇抜な場所に線があることになってしまうのです。でも、福井君が調べて明らかにしたように、氷河学的にはちゃんと氷河の条件を備えていて、ごく普通の氷体なんです。ペンギンでいえば、南極にいるペンギンをそのまま富山に連れてきて生かしておくことができる場所が見つかった、というのとおなじ状況なのです。

そうすると、立山には、他の地域にはない何か特殊な条件があるのではないか、と考えざるを得ません。その条件を明らかにしておかないと、今後もしどこかでペンギンが見つかったとしても、それイコール南極、という方程式を適用できなくなってしまうのです。例外【的】であることは、はたして本当に例外なのか、それとも普遍的にも適用できる秘められた条件があるのか、その見極めが必要になってくる、ということなのです。

特に氷河期の氷河を復元しようとする研究では、氷河学の常識に従ってその復元の妥当性を検討しますが、現場の証拠と理論の示すところとがどうしても合わなくなることもでてきます。その時に、理論が間違っているとするか、現場の証拠の解釈が間違っているとするか、あるいは、例外的な特殊なものにたまたまぶちあたった、とするか、判断しなければなりません。

一つの発見は新たな問題提起の始まりだという典型的な例だともいえるでしょう。