デジタル感性
南極大学の講演準備,日本からの仕事への対応,Wikiのえさやりなど,ほとんどパソコンの前で過ごす一日.
4/3の朝日新聞の「時流 自論」で写真家の藤原新也氏が書いている「デジタル化する人間の”眼”」という記事を読んだ.Nikonがフィルムカメラからの撤退を発表したことに触れて,
最近のデジカメの成熟ぶりの一方で,昨今のフィルムの性能は,見た目が派手になるように設定されている.そういう中で,現代人の視覚のほうがすでに,まびきされた階調や飽和した彩度によって作り出された人工的な色を脳内に定着させてしまっていて,自然の色彩を記憶色として再現できなくなっており,感性のデジタル化が始まっている.昨今のデジカメの性能も,そういう人間のデジタル感覚に追いついてきた状態であるともいえる.
私なりにざっと要約すると,こういうようなことを述べている.
南極でも,カメラはすっかりデジタルになった.現像する手間がないのですぐに画像を楽しめるし人に伝えることも出来る.その一方で,基地内にあった現像設備はほとんど閉鎖状態になって使われなくなった.前の越冬時には休日となると現像室にこもって,せっせとスライド作りに励んだものだが,それも今はない.
夕食時のミーティングで,アルバム係から,第1回オングル島フォトコンテストを実施するというアナウンスがあった.将来出版するだろう隊のアルバムに載せる写真を選考する意味も含んでいるコンテストである.
南極は鮮やかな色彩に乏しい世界だが,それでも,時々はっと感動させられるような色彩が現れることもある.カメラに光景を納めたいという衝動にかられる瞬間だ.だけれど,藤原氏の言うように,デジタル化した感性では,自分のデジカメに高コントラスト・高彩度で記録された映像が,結局は最後の脳内記憶として定着してしまうんだろうな,と思う.おそらく,フォトコンテストでも,見た目に派手でインパクトがある画像が好まれることだろう.
私自身は,何台かのデジカメを使っているけれども,Pentaxのist-D*の自然な色合いの再現性が一番気に入っている.見た目には地味な画像になってしまうことが多いのだけれど,他のデジカメ画像が,どうも自分が実際に見た光景と違う色合いでしか再現してくれないほうが気にかかるのだ.
それでもやっぱり,良く撮れてるね,と思われたほうがいいに決まっているので,彩度高めの結果を出してくれるデジカメで撮った画像を人前には出したくなってしまうのもまた事実.
写真に残したい,という衝動を抑えて,今体験しているナマの自然を五感で感じ取り,じっくり楽しんでみるいとまを持つことも,南極越冬生活では必要かな,と思う.その記憶がデジタル感性で上書きされてしまわないようにすることは難しそうなのが悲しいけれど...