雪の道

成人の日.NHKでは恒例の「 青春メッセージ」が放送されていた.昔は「青年の主張」っていってたやつ.

実は私も中学のときに,「少年の主張」というので県大会に出たことがある.自転車が壊れて,やむなく徒歩で通うことになった通学路で,自転車では気づかなかった身近な自然を再発見した,という趣旨.優勝は逃したものの,審査で競り合った作品として,ラジオでも放送されて非常にはずかしい思いをした.

「青春メッセージ」を聞きながら,そんな中学・高校のころのことを思い出していた.

私は,雪国育ちのせいか,しんしんと冷えた夜の雪道を,物思いにふけりながら歩くのが好きだ.中央ローンの積雪の中につけられた踏みあとを歩いていると,夜も更けた田舎の細い雪道を,月明かりを頼りに家路についていた20年前を思い出す.

当時,月明かりに照らされて青くそびえる立山連峰の勇姿と,小道が続く雪原の輝きの美しさに感動して以下のような歌を詠んだ.

「月照りて霜輝けり玻璃のごと 山なほ蒼き雪の野の家路(みち〉」

残念な事に,防犯対策のためかキャンパス整備の一環なのか,今では北大の構内には立派な街灯が煌々と灯っているので,雪明かりを楽しむだけの暗さはもうない.せめて,あんな真っ白な光じゃなくて,もうすこし趣のある色にしてくれたらよかったのに…と思う.それにくらべたら,低温研名物「スノーランタン」なんていい味だしているよねえ.

細い雪道では,すれ違いがあるとお互いに道を譲り合わなければ通れない.そういう譲り合う心遣いが雪国に暮らすものの取り柄でもあったと思う.また,譲り合うことでどちらにとっても早く通過することができるという効率性も備えているので,気持ちの問題以上に雪国の知恵であると言ってもよい.

私も,すれ違いがあるときは思わず先に譲ってしまう性分なのであるが,ふと「もし私が先に譲らなければ,先方はどういう反応をとるか」と思って,実験してみることにした.

自宅までに合計6人とすれ違った.向こうの方が先に道を譲ってくれたのはそのうちのわずかに2人.残りの4人は「はやくどけ」と言わんばかりに私の前に立ちはだかったままであった.そのうちの一人は,私にぶつかってきてしまう始末.この確率じゃ,道はいつまでたっても通れないことにもなってしまう.

札幌は「雪国」を売り物にしているところがあるが,人々の気持ちは「雪国人」失格だと思った.

これが今年の成人の日の私の主張である(チャンチャン).