AACH
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歴史と向き合う時間
土曜日に野外実習から帰札して,週末はずっと頼まれ仕事の作業.今日になってようやく,依頼主に渡せるような試作品を完成させた.
作業で使っている素材の中で,私が一番気に入っている写真がこれ.
AACHの画像アーカイブ事業に収蔵された写真の中の一枚.
大通り東三丁目にあった山仲間での俗称貧民窟で歓談する
左より板倉勝宣、松川五郎、加納一郎
人物は大正10年4月に発足した「山とスキーの会」の提唱者たちであり,場所はその会報である「山とスキー」の編集所でもあったところ.
板倉氏は,山屋ならば誰もが知っている日本アルピニズムの先駆者.加納氏は,言わずと知れた極地探検のエバンジェリスト.松川氏は北海道の山岳の開拓者.若き日のこれら大御所三人ぞろいの写真は,文学で言えば夏目漱石と森鴎外と与謝野鉄幹がそろっているのにも匹敵する博物館モノであると思う.
私も学生時代には,俗称「・・・やしき」とか「・・・舎」という古びた窟で共同生活していたけれど,その時に友人達と撮った写真が,90年・100年後に歴史的写真と重宝がる人が現れることはまずないだろう.
受注した仕事は単調で根気のいる作業が続くけれど,こういう歴史的写真とじっくり向き合える時間でもある.
お参り
恒例のオロフレ峠参りに出かける. 金曜日から頭痛がひどくなり発熱.昨年・一昨年と昭和基地にいてお参りに行けなかったということもあり,今年はなんとしても行きたかったので,感冒薬と栄養剤を飲み続けて土曜日一杯寝込んで根性で回復を図る.なんとか普通の生活ができるところまで復活して参加. でもまだ本調子ではない.
80周年
北大山岳部創立80周年記念講演会.あしかけ3年にわたって実施されてきた画像アーカイブ事業の成果が80周年記念アルバムとして発行され,会員に格安で限定配布された.歴史性のある写真の集大成としてもなかなか見応えがある.講演会の話と併せて読むと,一枚一枚の写真の重要性がより深く理解できる.役員なので強制的に出席させられた面もあるけれど,年寄りの昔話以上の価値のあるすばらしい講演だった.
この写真集を手にされる方へ一言注意:インクジェットプリンターで一枚一枚手印刷されているため,濡れると流れてしまう.水分厳禁.
あとは,この画像アーカイブをネット公開する作業.まだ少しかかりそう.
風邪をこじらせて,帰宅後に寝込む.
受賞
昭和基地越冬中に編集を開始し,帰国前には完成・販売までこぎ着けていた北大山岳部々報14号が,このたび,岳人会報賞優秀賞を受賞することになった.数週間前に内定通知があったので,紙上で正式発表されるのを待ち遠しく思っていた.今日は発売日翌日ということで,昼休みに本屋に行ってみたけれど,北海道は2-3日遅れて入荷ということ.残念.
夕刻,起学専攻の中間発表会.ロビーと講義室を使ってポスター発表.パワポの原稿を並べただけのモノが多い.せっかくお金をだしてパネルを借りてきて本格的にやるんだから,しっかりポスターセッションしてほしいと思った.それも訓練の一環のはず.
内容的には,今ひとつ突っ込みどころがわからず...
子供がもらってきた風邪をさらにもらったようで不調.ポスター会場は,ひといきれで空気が悪く,さらに不調.保育園へ下の子を迎えに行く時間もあって,終了後の教員会議とコンパはパス.
100号
趣味の世界の話で恐縮だが,AACHの会報が100号を迎えた.今夜はその発送のため山岳館で作業.封筒詰めをしながら,役得として,配送を待つ諸会員に先立って100号の会報をつまみ読みする.
100号を特に意識した訳ではないだろうけれど,今回の号はなかなか読み応えがある.南極観測の創成期に活躍された菊池徹さんと小林年さんがあいついで他界されたが,これまた南極地学の大御所でもある木崎甲子郎さんが追悼文を寄稿されている.
菊池さんについては何度も書いてきたのでここでは省略させていただくが,小林さんは,私が北大に来た当時から札幌で直接話を聞かせていただく機会も多かった方で,私の南極への思い入れが加速したのには小林さんの影響も決して少なくない.でも,私のような若輩が何を書いたところで,木崎さんのように南極観測の創成期の同時代を一緒に経験されている方の追悼文には及ぶべくもない.連綿と時代を築いてこられた方の,同胞を弔う文章とはかくたるものか,と感じ入ってしまった.
このような追悼文に加えて,この100号には,南米に移住されて久しい西村豪さんが,パタゴニアの自然や探検史について,日本人や北大の学術隊の話も交えながら解説されている.実は,20年以上も前に書かれた原稿が見つかったので,資料性もあることから今回会報に掲載されることになった記事である.パタゴニアにはちょっとは首を突っ込んだことのある私であるが,今になって読んでみても十分通用する内容である.
さらに,今となってはAACHの最古参のお一人となられた今村昌耕さんが,民俗学者でチベットやネパール,アイヌ文化の研究で高名なフォスコ・マライーニ氏とAACHとの関係について,特に国内の登山史に残る冬期ペテガリ初登の裏に隠された秘話を紹介されているのも楽しめる.最近,野暮用でアイヌ文化について調べる機会があってマライーニ氏の業績に触れることもあったばかりなので,この記事も面白かった.
残念ながら趣味の集まりの会報なので公開はされていない.内輪の話だから書けるという面もあるのだろうけれど,会員の間だけに埋もれさせておくには惜しい文章ばかり.こういう文章に触れられるというだけでも,AACHの一員でよかった,とつくづく思う夜であった.
画像データベース
AACH画像アーカイブ事業の最終段階処理法について考えているわけだが,ファイルメーカーで作業しているデータベースから,ファルメーカーに頼らずに誰でも閲覧・検索できる汎用的閲覧形式に移す必要がある.この方法について仕事の合間に試行錯誤.
とりあえずCSVに書き出しておいてそれをhtml化すれば,誰でも使っているWebブラウザで見ることができるようにはなる.たぶんこの方法しかないだろう.といっても,なにせ8000もの画像がアーカイブされているわけで,それを一括処理できる方法が必要.いろいろ探していたらbptranというドンピシャリのツールがあることがわかった.とりあえずこれでやってみるか.
でもこれだと,固定ページになってしまうので,閲覧はできるけれども検索ができない.やっぱりサーバーサイドで処理して送り出してやる必要がある.Webアルバムにしてしまえば目的は達せられそうだけれど,いろいろあって適当なものを選ぶのに一苦労.有名どころでXoopsのモジュール版もあるGalleryがよさげなのだが,MySQLで直接管理している情報が部分的で中途半端.Coppermineというのは,ほとんどの情報をSQL側で管理しているようなので,これでも使ってみることにしようと思う.
それにしても,8000枚,300GB近い画像データを変換するには相当のPCパワーが必要.
久しぶりの山岳館
日本山岳会の方々が蔵書閲覧に来館されるというので,データベースを整備しに山岳館へ.
山岳館には,北大山岳部が発足して以来収集してきた4000冊以上の山岳書コレクションがある.OBがボラティアでそのデータベース化と管理作業を行ってきており,Webサーバーを通じてネット上で検索や貸し出し管理もできるようになっている.山岳館は北大の施設ではあるけれども僻地にあるので有線LANが引かれておらず,サークル会館と無線LANでつないでネット環境を維持している.南極出発前に整備したままでその後が気になっていたところ,無難に機能していることを確認した.しぶとく安定していることに安堵.
山岳会の方々はなかなかのマニアぞろい.何かのテーマで調べものをされているらしく,資料を求めて山岳館の蔵書を調べていた.趣味の世界とはいえ,資料の所在をつきとめてそこに赴き,現物を調べるという作業は,最近の学生にはとんと見られなくなった風景だなと思った.
訪問者の一人は札幌で古書を扱う書店を経営されているかただったが,昨今の学生が本を求めなくなった風潮の影響もあって,古書の値打ちも下落しているのだとか.古書マニアにしても,生き残っているのは本当に保存状態の良い貴重本を所持するのが主眼なので,さんざん手あかのついた山岳館の蔵書のようなものは,古書市場では安値になってしまうらしい.
それでも私なんかにとっては,伝説の大教授やパイオニアたちが実際に手に取って知識を吸収するのに用いたその本を自分の手に取ってみることができるだけでも興奮してしまうライブラリなのである.たとえ,古書市場では見向きもされない状態であったとしても,博物館や図書館では箱入りになってしまて,閲覧許可が必要だったり,手袋をして一枚一枚慎重にページをめくらなければならないような本を,比較的自由にいじくることができるというのも山岳館蔵書ならではのことだろうと思う.
日本の南極観測発足前後に,観測隊のパイオニアたちによって南極研究に用いられた書籍や,南極観測事始め的な資料がたくさん残っているのもありがたい.そういえば,南極に憧れて北大に入学した当時,山岳部の部室の書架に無造作に並べられていた書籍の中に直筆の書き込みや手記を見つけて,これまで本の中の存在でしかなかった南極観測のヒーローたちが,一気に現実の身近な存在に感じられた瞬間があった.地質学教室にすすんだ時にも,廊下に無造作に並べられていた岩石サンプルや報告書などにも同様の感慨を覚えたりした.山岳館の図書室は,そんな初心の感動を思い出させてくれる場所でもある.
山岳館では,AACHの映像記録を収集しデータベース化する作業も進んでいる.すでに最終のとりまとめ段階に入っていて,次の段階としての公開・配布方法に関して仕事を依頼された.ちょっと面倒な作業になりそうな気配ではあるけれども,感動と指針を与えてくれたAACHへの恩返しのつもりも考えると「やられせていただきます」としかこたえようがないのである.