総会
山の会総会.
今年も好天に恵まれ,BBQも盛況.
AACH一覧
山の会総会.
今年も好天に恵まれ,BBQも盛況.
四月だというのに相変わらず寒い.べとべとの雪が降る中,画像アーカイブ構築作業の手伝いで山岳館へ向かう.
学内LANにつながれば,山岳館からの直接発信や画像提供者とのファイルのやりとりも楽になるのに,などと思いながら,アーカイブデータベースの核となるFilemakerをいじくる.
GENに始まる長年のヒマラヤ研究で蓄積された画像のアーカイブを作ろうか,という話もあるし,ネットを利用したインタラクディブなデータベース構築についてあれこれと考える.山岳館でのアーカイブ事業はそのプロトタイプになるかもしれない...ということは,ヒマラヤのほうも私が仕事をすることになるわけか???まあ,役に立てるんならいいんだけど.
岳友の追悼のため,オロフレ峠へ.
昨年の今頃が丁度修論発表会.今年は一週間早かったんだなぁ.
AACHの年末懇親会.
極地研所長を退任されたばかりの渡辺教授などの参加もあり盛況.AACH映像アーカイブ構想で議論が白熱.今後なにかと仕事が回ってきそうな気配.
知床の藤崎さんが「自然に関る法律や科学」ということで,「自己責任」について言及されている.
これを読んでいて,この夏に豪雨被害を出した台風10号に関係して,日高山脈に登っていた北大山岳部がマスコミや関係機関を騒がせた(かってに騒がれた)という事件のことが頭をよぎった.
事件のあらましはこうである.豪雨で下山路がずたずたになった状況において,幌尻山荘からツアー登山者がヘリで救出されるということになり,その折,同じ山荘で減水待ちをしていた北大山岳部のパーティーはヘリに頼ることなく自力で無事下山した.その際「山岳部のパーティが山荘管理人の制止を振り切って下山を強行した」との誤った報道が流れたのである.
当時は記録的な災害の中で情報が錯綜していた.誤報のもとになった報道機関もその後の報道で内容を訂正したのであるが,災害の対応や対策に手一杯の地元の関係機関には,よけいな心配をおかけしてしまったということで,心証を害してしまった感がある.
山岳部は活動の性格上,事故や遭難の危険があり,その際には地元や警察・行政のお世話になることは避けられない.そのため,北大山岳部では,できるだけ迷惑をかけないように,日頃から山行計画や事故が起こった場合の対処方法について真摯な検討を重ねてきている.
その検討の中で基本となるのが「可能なかぎりパーティー内・部内の自己責任で山行を行う」という考え方.
この一件に関する報告を受けて,山岳部内では,OBの連絡網も巻き込んで様々な議論が巻き起こった.その主な論点は,こういう状況におかれた登山者ははたして「遭難者」なのか,それとも「被災者」なのか,そしてこういう状況では「自己責任」はどうあるべきなのか,という点であった.
私は,山岳部のパーティと一緒に山荘で待機していた登山者の大半がツアー登山のパーティであったことからくる誤解のようなものが議論を複雑にする要因となっているものと考えている.というのも,最近の百名山ブームによって,ガイドに引き連れられた登山者が,この山域で問題を起こすケースが増えている,という背景があるからである.
百名山ハンターがポロシリ岳への登山路として使うルートは沢沿いにあり,降雨があれば増水して身動きがとれなくなることがしばしばである.ツアー登山者が起こすトラブルは,日程的に余裕のないために無理をして増水気味の沢を下ろうとすることに起因している場合が多い.さらに,好天で水量も安定しているうちは良いが,ツアー登山の参加者の中には,ちょっと状況が変化しただけで自分たちの体力や経験だけで対処できなくなる者もいるようだ.もちろんガイドがついているけれども,多くの客を引き連れる中で,個々への対処が行き届いているかどうかは疑問が残るし,実際に事故も起きている.
しかしである,そのように批判されるべき登山者にとっても,台風10号がもたらした状況は異常であった.どんな登山者でもあの状況であれば「遭難者」ではなくて「被災者」として扱われるべきであろう.一部の報道では山荘にいた全ての登山者を「遭難者」扱いしているところもあり,その点でも報道は間違いを犯している.
かといって,ツアー側がどこまで自分たちを「被災者」であると認識してヘリの救援に頼ったのかは不明である.単に自分たちではどうしようもなくなったから救援を呼んだのではないか,とも考えることはできる(が,彼らに話を聞いてみないことには真相はわからない).その一方で,「自己責任」の原則を貫こうとして行動した山岳部のパーティが責めを負うことにもなった.
もし,下界の災害の状況が山中まで伝わっていなかったらどうなっていたか?もし,山岳部のパーティが山荘ではなくてツアー登山者と別の所で待機していたらどうだったのか?
まだこの件については,私はちゃんとした結論はだせないままになっている.だから,山岳部の判断が100%正しかったとは私も思っていない.しかし,自己責任の精神を持ち続けている北大山岳部の現役諸君のことは誇りに思うし,藤崎氏が述べている,「人間としての実感を感じることのできる貴重な体験」をどんどん積んで行ってほしいと願っている.そういう精神を維持することは,この現代において貴重な存在なのではないかとすら思う.
藤崎氏も述べておられるように,「自己責任」でつっぱってしまうと社会との軋轢は避けられない.北大山岳部の件もその一例といえるかもしれない.しかし,自然と人間との対峙の場において,「自己責任」の意識は重要である.かように「自分の責任において自然の中に身を置くことができる権利」とは,なかなか難しいものなのである.「自然ガイド・環境保全指導者養成コース」をうたっている講座の一員としても,今後も考察を重ねて行かねばならない命題だと思う.