今日も格闘

今日も格闘.


格闘

一日中Ploneと格闘.


うちあげ

耐震補強工事と待避に関する会議のハシゴ.加えて,連休明けのD論予備審をひかえて,あれこれとやりながら,Ploneの設定に悩まされる.

夕刻より,出版を記念して著者で打ち上げ.


勉強中

image一気に冬景色.まだ葉っぱをつけていた木があわてて散らしていた.

訳あって,Zope/Ploneを一から勉強するハメになった.asahi.comやgoogleでも使われている優秀なCMSとして定評があるけど,管理者・Webデザイン側からみるとやや複雑で,コンテンツ作成側からみると,操作はかなり簡単そう.

とりあえず,apacheに串ざしするところまではなんとかできるようになったところ.でも,このレベルのスキルは今回の実用場面では関係ない部分だったりする.


吹雪

夜になって吹雪.明朝までにかなり積もりそう.


あらたな受注

多方面から仕事が入ってきた.あ〜〜


ついに流出の兆候が

南極氷床下の湖から海洋へと水が流出しているらしいことが,ついに突き止められた.前に書いたエントリーのように,南極氷床下湖が移動しているらしいことはすでに指摘されていたのだけれど,これまで私が指摘してきたような過去の事例をのぞいて,現状で海岸部まで流路が到達していることまでは,まだ誰も見つけていかなかった.それをはじめて突き止めたという論文が,Nature GeosienceのAdvance online publicationに掲載されたのである.

Increased flow speed on a large East Antarctic outlet glacier caused by subglacial floods. Leigh A. Stearns, Benjamin E. Smith & Gordon S. Hamilton. Nature Geosience, Published online: 16 November 2008; | doi:10.1038/ngeo356

この論文は,Byrd氷河の流動速度変動観測に基づいたもので,1960-2005の48年間はめだった流動速度の変化がなかったにもかかわらず,2006年以降になって,75kmというアイスストリーム全域にわたって10%も加速したことを明らかにしている.その上で,この加速の原因が,接地線よりも200km上流にある二つの氷底湖から1.7km3の水が氷流を通って流出したためであると指摘している.この流出が止まると同時に流速も元に落ち着いたということで,氷底湖水の流出が原因ということはかなり確からしい,という.

グリンランドなどでは,現状で氷床下の水が流速にかなり寄与していることはすでに分かっていたが,気温が低くい南極では,夏季の融解程度では氷床の流動に影響するほどの水ができるとは思われていなかった.水源として氷床下湖への注目度が増すにつれ,いつかは南極でもこの手の解釈がでてくるだろうとは思っていたが,実際に発表されると,やっぱりNatureモノの論文になってしまうのである.

ついでに書いておくと,この論文の最後には,東南極氷床からの氷流は,気候とは関係なく急激に変動しうるものであり,予測モデルには氷床下湖と氷のダイナミクスとの関係を含ませる必要がある,と述べられている.つまり,何度も講義や講演でしゃべったり,に書いたりしてきたように,「氷床融解」というよりは「氷床崩壊=氷の流出」のほうが現実的に問題となるのである.また,投稿から受理までわずか3ヶ月なので,Nature側としてもかなり評価しているらしいことが伺われる.

この論文がOnlineででているということを,昨日の講演会後の反省会に出席してた中山記者に教えてもらった.いづれは自分でもみつけていただろうれど,いちはやくアクセスすることができたので,中山さんには感謝.


極限のFW

image国立科学博物館で開催された普及講演会でしゃべるために,5時起きで札幌をでて上京.

入場無料の児童や学生を対象にしていたけれど,蓋を開けてみると,聴衆のほとんどは,もう一方の無料対象年代ばかり.即席で話し方を変更.

聴衆はこういう講演会に慣れているせいか,質問も的をついたものばかり.時間や用意した資料では充分に対応できないものも多かった.思わず「この本に大抵のことは書いてあるので買って読んで下さい」と言いたくなった.マジで,今回の普及講演会で興味を持った方に読んでいただければ,かなりの疑問にはお答えできているはず.


年金特別便

年金特別便が来た.記載は,二十歳以上の強制加入が施行された1991年(平成3年)の年の4月から始まっている.この年,私は25才.当時はまだM2の院生で,年金を払う余裕がなかった.しかも免除申請もしていなかったので,しょっぱなから未納付だ.幸い,翌年に博士課程に進んで,10月から越冬隊員に採用されたので,その時点で文部省の共済に納付を始めたことになっている.越冬明けに院生に戻ってからはまた国民年金に戻ったのだけれど,その時点からはなんとかやりくりしてちゃんと納付してきた.おかげで,強制後の未納期間は1年ちょっとですんだ.残念なのは,未納期間が,もう追納することができない過去になってしまっていること.

年金には,受給資格に関わる「加入期間」と受給額に関わる「納付期間」がある.加入期間は,普通なら二十歳から起算した25年後の45才で300月という条件を満たすことになる.

ところが,特別便に記載されている私の資格取得日は,強制加入制度がはじまったH3年で,すでに25才.それ以前の5年間は任意加入扱いなので,年金制度に対してなにもアクションを起こしていない私のような場合は,社保庁の把握外となってしまっているのだ.これでは特別便に記載されるはずもなく,このままでは5年遅れの50才にならないと受給要件を満たせないことになる.でも,在学証明を出せば,強制施行前に二十歳以上の学生だった期間を加算してもらえるらしい(カラ期間というらしい).それに,実際にこのカラ期間を復活させる必要が生じるのは,45-50才の間に納付できなくなるような事情ができた場合だから,このまま50才を経て定年まで現職をまっとうすれば自然に加入期間条件をクリアできるので,今のところはそれほど気にしなくてもすむ勘定だ.

結局,一番気になるのは,受給額に関わる納付期間なのだけれど,こちらは,二十歳から納付していた場合に比べてカラ期間60月+未納期間17月の77月ほど短くなってしまう.しまったなぁ...

まあ,この先,公的年金制度がどうなるか不透明な部分も多いし,物価の変動もあるだろうし,まっとうに納付していても受給開始時にもらえる額が相場として目減りしていることも予想されるので,77月は誤差範囲かもしれない.それにしても,定年後もなんとか食いつなぐ方法を考えなければいけないな,と深刻に思った.あまり長生きしないほうがいいのかも...

ということで,赤裸々すぎるとは思うけれど,強制加入開始前後に成年学生だった世代の事例として,年金制度の私の理解に基づいた計算備忘録としてここに書いておく次第.


あれから一年

一年前の今日は,雪氷災害調査チームが発足して最初の仕事となった事件が起きた日だった.昨年はこの最初の仕事で発した警告が,10日後に起きた第二の事件で生かされなかったという残念なこともあった.発足一周年目に合わせたというわけではないけれど,これから二年目の活動をはじめるにあたって,報道関係への協力依頼という意味も含めて,道庁内で調査チームの記者会見を行う.

引き続いて,『雪崩から身を守るために』と題した講演会が開催され,当事者の体験談が語られた模様.私は所用のため出席できず,残念.

掲載間近の論文について,著作権や別刷り関係の手続き.編集側の手違いで回ってきた案内が不完全で,二度手間になる.カラーの図表に関する高額なチャージの問題で,印刷体とオンライン版のどちらを重視するか悩ましい選択を迫られる.

耐震補強工事にからむ一時待避の議論で,もう研究室に大量の蔵書を置いて仕事する時代じゃないでしょ,なんてことも言われたりして,印刷体の価値がどんどん下がっている気配も感じられるこの頃.論文は,我々が最終的に求められている重要なプロダクトの一つであるにもかかわらず,その存在が一過性のフローの一部に成り下がってしまっているような気がしてきた.

図書館にジャーナルのバックナンバーがずらっと陳列されている様子は,一見して『知のストック』という印象を抱かせるもので,そこから学問と知への畏敬の念も芽生えてくるとも思うのだが,サイバー空間のフローの一部と化した現代の論文たちが,はたしてそのような二次的効果も生み出してくれるかどうかは,はなはだ疑問である,とも思う.


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