体験「な」授業

教授から,東大出版会が出しているUPに松浦寿輝さんが書いているエッセーのコピーをいただいた.

高尚すぎてなんだかさっぱり理解できないけれど,畏怖と尊敬は感じることができる,そういう大学教養時代の講義が,今でも鮮烈な記憶として残っていて人生の糧となっている.昨今のパワポできれいな「プレゼン」授業にはそんな「体験」は望めない.

とまあ,こんな趣旨.

たぶん,私がUPを手に取って眺め読みしていても,読み飛ばしたに違いない記事だけれども,あらたまって,読め,と渡されてみると非常に面白い.

私が学部生だった頃も「プレゼン」授業はまだなかった.確かに私にも同じような「体験」があった.例えば中国文学の中野美代子先生とか,火山学の勝井義男先生とか.中野先生なんかは,話自体聞いていて面白かったので,ちんぷんかんぷん,という感覚はなかったけれど,講義の話の裏側にものすごく大きな世界が広がっていそうだという,空恐ろしさを感じることができた.

ちょっと前にこのエントリーにも書いたけれど,AACHの先達が築いてきた文化の片鱗に始めて触れたときにも,同じ感覚を抱いた.それが今日の原動力につながっている.

昭和基地から「南極教室」を発信していた時も,こんな体験をしたりして,きれいな「プレゼン」授業よりも,心の底に響く体験を伝えたいと思ったりした.

南極に出かける前に科学未来館で開催されていたサイエンス・トンネル展もそうだった.ドイツ最大の科学研究機関、マックスプランク協会が製作して世界各地を回っている展示だが,行ってみてその内容をさっぱり理解できなかった.でも,おれたちはこんなスゴイことをしているんだぞ,というアピールは伝わってきたし,科学の切り開く世界の深さを感じ取ることはできた.

今の自分に,大教授たちや偉大な先輩たち,そして世界の最先端ほどの迫力があるとはとても言えないけれど,教育に携わるものとして,「体験」をつたえる教育ということは,心の隅に控えておきたい事柄だと思った.