御堂の片付け
お盆明けになってようやく郷里に帰省しました。母の初盆でしたが、数日後には命日もやってくるので、新盆を兼ねてこの週末に一周忌の法要を営むことにします。
関東は台風がらみのぐずついた天気でやや過ごしやすかったのですが、富山は連日の猛暑。断熱性能ほぼゼロの古い実家は、日中になると文字どおり灼熱です。それでも、数少ない帰省の機会。相変わらず「無間地獄」と化している実家の片付けを続行しました。今回、ようやく手をつけたのは御堂です。
施設に入ってすっかり恍惚の人となった老爺は、住職であるにもかかわらず、この御堂を長年、理科教材の開発作業場にしてしまっていました。電池、ニクロム線、輪ゴム、定規、磁石、歯車、竹ひご、針金、テープ、ビーカー、試験管、ソケット、針、スポイト……。ありとあらゆる工作道具と素材が手製の棚いっぱいに並び、90歳を過ぎても、古びた知識とこだわりと思い込みを頼りに、もう誰から期待されているのかもよく分からない教材づくりを続けていました。
「御堂は御堂として機能させなきゃだめでしょ」と何度言っても聞く耳を持たなかった頑固親父。けれど、その親父も、もうここへ戻ってくることはおそらくないでしょう。母の一周忌もあることだし、ずっと気にはなりながら、なかなか踏み込めなかったこの場所を、ようやく片付けることにしました。
不思議なのは、この猛暑のなかでも御堂だけはなぜかひんやりしていること。これはずいぶん助かりました。熱中症になりかけながら黙々と片付けていると、単に物を捨てたり並べ替えたりしているというより、「親父はいったい何を考えて、これを入手し、手を入れ、そしてここに置いたのだろう」と、その思考の跡をたどっているような気分になります。
工作道具を載せていた手製の棚をいったん分解し、組み直して、今度はLPレコードの棚に転用しました。このレコードもまた、実家の「ゴミの地層」から大量に発掘されたものです。段ボールにして20箱ほど。本と同じで、レコードというものはまとまると恐ろしく重い。せっかくなのでジャケットを表向きにして何枚か飾ろうと思ったのですが、2000枚はあろうかというコレクションの割に、人に見せたくなるような定番やレア盤が驚くほど少ないのでした。ビートルズはたったの1枚。サウンドトラックなら『サウンド・オブ・ミュージック』。懐かしものでは『太陽にほえろ!』の挿入音楽集。いまのところ、私に分かるのはそのくらいです。
棚を解体し、荷物を移し、レコードを運び、また棚を組み直す。ここまでで丸二日。いつもなら、窓越しに見える剱岳が励みになるのですが、夏場は決まって厚い雲の中。今回も、なかなか姿を拝むことはできませんでした。母のものを片付け、父のものを片付け、家の役割も少しずつ変えていく。片付けというのは、ものを減らす作業というより、その家に積み重なった時間を読み直す作業なのかもしれません。
疲れ果てましたが、御堂はようやく、少しだけ御堂らしい空間に戻ってきました。