日々の雑感 一覧

急ぎの仕事

風邪薬を飲みながら仕事をしているので非常に眠い.

越冬交代間際に日本に送った原稿の校正がきていた.締め切りまで時間がないので,最優先で仕上げる.

7年越しの論文がようやく出版されることになったという知らせ.最初の投稿先は分量の問題で期限までに編集が間に合わず取り下げの憂き目にあい,次の投稿先では編集者の対応の悪さで2年近く放置されていたのを,猛烈に抗議して復活させた.この間,新潟の地震災害で計算モデルのデータを失ったり,筆頭著者の私が越冬に出かけるために最終責任を負えないかもしれないということでセカンドに交代したり,なみなみならぬ紆余曲折を経てきた.

微妙な論争に巻き込まれているせいもあって,思えば,すんなりと世に出た論文のなんと少ないこと.年に何本も量産できる人がうらやましい.でも,私の一本一本は単なる本数稼ぎではなく,それなりに気合いを入れて書いているつもりである.当時はほとんど無視されていた論文も,このところ追い風が吹いて注目されだしたし,信念をもって一つのことを追求していてよかった,と思えるようになってきたかも.でもここまで10年はかかってる.ながすぎ.


片付け順位

病院で風邪を診てもらってから研究室に出て,片付けるべき仕事に優先順位をつける.これで一日がつぶれた.


観測隊臭

親爺が孫達を連れて札幌にやってきた.都会生活へのリハビリも兼ねて家族サービスの一日となる.財布からお金を出して支払う行為にはまだ違和感を覚えるし,リアルタイムのテレビ番組もなかなか慣れない.

ところで,このところ,かみさんがしきりに「観測隊臭がする」と言い張る.成田や未来館で会った隊員は皆,多かれ少なかれ同様の臭いがしたらしい.しらせの船室で染みこんだ重油やたばこや汗の臭いのことか?


リカバリ

留守中に不都合が発生したまま放置されていた事柄をメンテナンス.車のパンク修理,断線箇所の補修,プリンターの修理,携帯電話の再開など.

次男のやんちゃぶりは想像以上に大変.


はまる

衛星受信棟と地震計室のGPSアンテナの経路確認.

夕食後の連ドラにハマリ,一気に深夜まで連続上映.

こんなことやってられるのも,今のうち.


中間発表

地圏専攻のM2中間発表後半.

体調を崩してしばらく見かけず心配していたM2がぶっつけ本番で発表.けっこう冷や汗もの.一応,今日の発表者は全員通過.

夕刻,M2のご苦労さん会と私の壮行を兼ねた飲み会.


家族サービス

出発前最後の家族サービスをしておこうと,苗穂にオープンした巨大ショッピングモールに向けて出発するも,北7条東9丁目に向かう道路は,東西南北どれも数キロに渡って渋滞.こりゃ無理だ,ということでスゴスゴと退散.


日本人とフロンティア

「日本人とフロンティア」という検索アクセス記録があったので,エドモントン滞在記に2001/12/14に書いた記事をここに再掲する.

12月14日(金)

今日は1911年にRoald Amundsenが南極点に立った日で90周年にあたる.Robert Falcon Scottがたどり着いたのは1か月後の1月17日.私と同様に浄土真宗の寺の長男として生まれた白瀬 矗(Nobu Shirase)が大和雪原(やまとゆきはら)と命名した地点(S80’05”,W156’37″)を引き返したのが1月28日.村山隊長率いるJARE9が日本人ではじめて南極点に到達したのは1968年12月19日で,JARE43をのせた今年のしらせは今日現在まだ昭和基地にも到着していない.

yukihara.gifあらためて地図で確認したところ,大和雪原はロス海に浮かぶ棚氷上にある.でも棚氷だと分かったのは最近のこと.加納一郎著『極地の探検』によれば,白瀬は,外務大臣に宛てて「南極で日章旗を立ててきたところは日本の領土であるからこれを政府に寄付する」という文書を出し,その後もたびたび大和雪原を日本領土と宣言するよう要望したが,政府は全くとりあわなかった,という.「海上じゃ領土にもできまい」と当時の政府が考えていたはずはないが,まあ日本とは当時から先見性が皆無な国だ.だが白瀬という個人がいたこともまた事実.白瀬は戦後GHQにまで嘆願していたらしい.ロス棚氷の東岸に白瀬海岸の地名がつけられているのは幸い.「やまとゆきはら」のほうはというと...

ところで,棚氷って領土を主張できないのだろうか?大陸だってマントルの上に浮いた氷みたいなもんだし,西南極なんかは氷を取り除いてしまえば海面下になるんだぞ.また余談だが,現在の日本の南極観測基地は大陸とは離れた小島にある.これも,国の完全バックアップのもとにJAREが組織されたわけではないという経緯に由来するといってもいいだろう.だがそれでも昭和基地を越冬基地に仕立てた(1957年1月29日で奇しくも白瀬と一日違い)JARE1の隊員個人個人には大きな敬意を表したい.そう考えながら検索していたら,日本人とフロンティアというページを見つけた.

  • アフターレポートの重要性
    ーう〜んなかなか鋭い(*).
  • 地誌データの整理と積み上げが植民地経営の基礎だった
    -この日誌も「日本の自立」に役立つかも?(12/10を参照のこと)
  • 人間のフロンティアへの挑戦に対する最大の罪は「熱狂と忘却」ではないか?
    -う〜ん,特に猿岩石と白瀬を4票差にするような日本人にはこれもまた然り.

100_dollar.gifそういえばHoffman教授が,講演の冒頭で,安定地塊のティライトについて早くから注目していた人としてDouglas Mawsonを紹介していた.南極探検に人生をささげ,Ernest H. ShackletonのNimrod Expeditionで南磁極へ到達したりRobert Falcon Scottの極点旅行を断って海岸線を明らかにする旅につくなど,死に直面しようともあくまでも地質学者としての本分を貫いた人だ...そういう人を紙幣の肖像に採用する国もあるというのに...でも新渡戸さんも好きだよ...

久しぶりに極地探検の本を読みたくなった.そこでAmazon.comに立ち寄ったらたくさん出てきて困ってしまった.これこれなどは特に面白そう.“Customers who bought this book also bought”に紹介されている本もまた同様.


帰札

image札幌へ戻る.

さわやかな秋晴れの朝日をあびて,心の山・立山連峰が新雪に輝いていた.機上からもばっちり.こんなに見える機会はめったいない.山も壮行してくれているようで,すばらしい眺めを心に焼き付ける.

札幌に戻って,すぐにゼミ.最後まで面倒をみられないのが申し訳ないが,M2の皆さんの健闘を祈る.

夜,札幌の山仲間が壮行会を開いてくれた.デロデロに酔った元JARE隊員を介抱しつつ,しばしの別れを惜しむ.


訪問

実家に帰省している都合で,南極行きに関して母校の中学校と地元新聞記者の訪問を受ける.


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