急ぎの仕事
風邪薬を飲みながら仕事をしているので非常に眠い.
越冬交代間際に日本に送った原稿の校正がきていた.締め切りまで時間がないので,最優先で仕上げる.
7年越しの論文がようやく出版されることになったという知らせ.最初の投稿先は分量の問題で期限までに編集が間に合わず取り下げの憂き目にあい,次の投稿先では編集者の対応の悪さで2年近く放置されていたのを,猛烈に抗議して復活させた.この間,新潟の地震災害で計算モデルのデータを失ったり,筆頭著者の私が越冬に出かけるために最終責任を負えないかもしれないということでセカンドに交代したり,なみなみならぬ紆余曲折を経てきた.
微妙な論争に巻き込まれているせいもあって,思えば,すんなりと世に出た論文のなんと少ないこと.年に何本も量産できる人がうらやましい.でも,私の一本一本は単なる本数稼ぎではなく,それなりに気合いを入れて書いているつもりである.当時はほとんど無視されていた論文も,このところ追い風が吹いて注目されだしたし,信念をもって一つのことを追求していてよかった,と思えるようになってきたかも.でもここまで10年はかかってる.ながすぎ.
あらためて地図で確認したところ,大和雪原はロス海に浮かぶ棚氷上にある.でも棚氷だと分かったのは最近のこと.加納一郎著『極地の探検』によれば,白瀬は,外務大臣に宛てて「南極で日章旗を立ててきたところは日本の領土であるからこれを政府に寄付する」という文書を出し,その後もたびたび大和雪原を日本領土と宣言するよう要望したが,政府は全くとりあわなかった,という.「海上じゃ領土にもできまい」と当時の政府が考えていたはずはないが,まあ日本とは当時から先見性が皆無な国だ.だが白瀬という個人がいたこともまた事実.白瀬は戦後GHQにまで嘆願していたらしい.ロス棚氷の東岸に白瀬海岸の地名がつけられているのは幸い.「やまとゆきはら」のほうはというと
そういえばHoffman教授が,講演の冒頭で,安定地塊のティライトについて早くから注目していた人として