移行制度
申請の部局内〆切り日.とりあえず間に合わせることができて一息.
Asahi.comに文系・理系、選択は入学後 ICU、来年度から新制度という記事.
大学入学後に専門を決められるというのは,私が入学した当時の北大の移行システムとよく似ている.ICUの場合は,理系・文系すら入学後に選択できるらしいし,進学先に定員がないということで希望するところに必ず行けるということだから,さらに突っ込んだシステムだ.
北大は入学後の移行システムをやめてしまったけれど,私は続けていたほうがよかったのに,と思っていた.なんでやめてしまったのかを考えてみるに,部局間の競争意識が働いていて,同じ大学でも学部間で優秀な入学生を取り合っていたのではないかと思えるフシがあること,そして,大学院重点化に伴って,移行前の教育を担当していた,いわゆる「教養部」に所属していた教員の,学部・大学院への帰属願望が強かったからではないのかと思っている.
ずっと大学院しか持ってこなかった環境科学院の状況からみれば,学部を卒業して大学院に進学するときが本当の専門性を追求する出発点になるのではないかと思えることが多いし,学部では基礎的リテラシーさえ身につけてきてくれれば,専門はなんでもいい,なんて思ってしまうこともあるのだけれど,学部教育に関わっておられる先生方には申し訳ないような気もする.
氷河期の「発見」
申請書やらプレゼンやらの準備で疲れた.越冬中にAmazonで見つけて,帰国後に読もうと思って買い置きしたままになっていた『氷河期の「発見」—地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家』(Bolles, E. B. 扶桑社)に手を伸ばしてつまみ読み.
まだパラパラ眺めているだけだけれど,自分の研究分野にもろにかぶる内容なので,それなりに興味深く読めそう.前に,『地球科学の巨人たち 科学者たちの素顔に迫る』(Reyment, R. A., 東海大学出版会)というのを読んだことがあるけれど,なんとなくそれに近い印象.
初期の氷河研究は地質学と地理学の境界領域だった.探検の時代でもあったし,世界観が変わりつつある時代でもあった.だから,地図を用いる重要性はきわめて高いと思われるのだけれど,本書で使われている挿絵はその目的にはとうていそぐわない貧相なものばかりで,いささか幻滅.この点は本文でカバーされているのかしら?
欧米では,日常生活の至る所に氷河の痕跡を見いだすことが出来るし,建物や道路をつくるにしても,氷河の痕跡とまともに向き合わざるを得ないという事情がある.カナダにいたときにも,一般住人や大学生の意識の端々に,氷河で覆われた履歴を有する大地への興味があることを実感した.そういう「現在の氷河期の認識」が生活の一部にもなっている人たちにとっては,本書はわりとすんなり読めてしまうのかもしれない.
一方,そもそも,国土を氷河に覆われたことのない日本にとっては,現在の地表の成り立ち,自分たちが生活している環境の成り立ちに,氷河を意識することは非常にまれである.私は商売柄,氷河ってなに?とか氷河時代ってどんなだったの?とよく聞かれるが,そもそもの共通認識の乏しい日本の読者にとっては,氷河や氷河期に関する現在の常識を前知識として与えておかないと,こういう歴史的謎解きドキュメントはとっつきにくいのではないかと思った.今は常識になっていることも昔はこう考えられていたんだ,とか,いつだれがどうやって今の認識に到達するんだろうか,とワクワクしながら謎解きを読み進めていく楽しみは,まず真犯人を知っていてこそできる読み方なんだけど,そういう読み方をできる日本人はそう多くはないだろう,というのが,本書をつまみ読みしての私の第一印象.
氷河研究は,仮説と反論,実証・反証の繰り返しだったし,現在もそれは続いている.氷河期という,これまでなかった概念がいかに創出され市民権を得るようになったか,を歴史的に紐解いている本書は,現在私が直面している研究上の指針を得るうえで,非常に参考になりそうだということは間違いない.
明後日から東京へ向かうので,機中や宿舎でじっくり読むことにしよう.
氷贈呈と講演
講演行脚の2回目.
息子が通う小学校に,「しらせ」が採取した南極の氷山氷が自衛隊から贈呈された.公募に応募して当選したのだとか.実際にしらせ乗組員の皆さんが採取している様子はこちら.
この贈呈式に続いて,私から観測隊のお仕事について講演(たまたま機会が一緒になっただけで,示し合わせたわけではない).全校生徒に加えて70名あまりの父兄も同席.難しい話はぬきにして,子供向けに楽しい話題を厳選.反応は上々.
午後になって一気に冷え込んできた.研究室に戻って,予算の申請書書きとシンポジウムのプレゼン準備.
南極がらみ
10月10日の道新朝刊に34次で一緒に越冬した榎本さんと低温研の同僚の杉山君が参加する南極トラバース計画の記事.
ようやく氷底湖にJAREの観測の光が当たる.
依頼されていた南極講演行脚の一回目.高圧ガス保安協会北海道支部記念大会の講演.偉そうな方々ばかりでかなり緊張.無難に終えて一息.
専門と背景
自分の研究について,専門的内容のツボをもらさず伝えると同時に,他分野の人にもわかりやすく背景を説明するスキルは,どんな場面でも要求されることだろう.旧地球環境科学研究科の時代から,地圏環境科学専攻という,一見課題が共通していそうに見えた時代でも,専攻レベルでの発表会などでは,この問題はいつもつきまとっていた.
かつての講座では,外向きにもまして内部で多種多様なテーマで院生を指導していたから,「専門性」と「幅広い聞き手」との問題は日常的に意識されていて,かなり気を配っていたように思う.同じ専攻内の他の講座にそのような配慮がみられたかというと,必ずしもそうは思えないし,そういう意識もなかったのではないかと思えるくらいだ.
うちの場合は,他から見れば専門性の希薄な魑魅魍魎とした研究のように思われていたフシもないとはいえず,そういう外見を払拭するためにも,かえって背景や意義を強調する姿勢が強まったのかもしれない.
どうやら,そのへんの問題が,起学専攻でようやく認識されてきたような気配.私にいわせれば,ようやく,という感じ.かつて我々に相当の説明を要求してきた方々が,今や同じ立場に立たされていると見ることもできる.
「ガイドコースの発展的継承」という大義名分もあるわけだし,ここはひとつ,主担当の先生がたには大いに議論を尽くしていただきたいところ.
AG vs ISI
プレゼン準備と並行して予算の計算.3連敗中のリベンジともなれば,皮算用に夢見る気持ちも,もう遠い昔の情熱に思えてくる.
極地研から芳しくないメール.たいそう滅入る.
購読している CRYOLISTというメーリングリストで,面白い(けど面白くない)議論.Annals of Glaciologyが,impact factorの権威付けもととして有名なISIのリスト対象になっていない,ということを理由に,AGへの投稿を共著者からしぶられた,という問題.しぶった共著者の出資元が,ISI登録ジャーナルじゃないと投稿しちゃダメ,といったそうな.
編集経験もあって,雪氷学にAGが果たした歴史的貢献も概観しているMacAyeal先生のコメントは一読の価値あり.そのほかの意見としては,商業誌としての学術誌と草の根的な会員サービスとしての学会誌の差の問題への意見.商業誌はサイエンスを金食い虫にしている一因にもなっているとの指摘.さらに手厳しいのは,ISIはやたらと論文数を増やす事態を引き起こしただけで,サイエンスの質を高めることには何も貢献していない,という意見.
英語のMLなので議論に参加しているのは欧米の研究者ばかりなのは当然だが,心ある研究者はみな同じ気持ちなんだと,ちょっと安心した.
この議論で最も理性的判断を求められているのが誰なのかはあきらかであろう.サイエンスへの投資は人類の英知への投資なのである.
作成
休日返上で科研費の申請書作成.
予想に反して天候はさほど悪くならず.
こんなことなら,泊まりがけででかければ良かった.
遡上
息子を連れて,サケの遡上見物にでかける.
山はすっかり秋.
α波
今日は自宅の点検やなんやで来訪者が多い予定なので,朝一で理髪にでかける.
海外勤務の時期をのぞいて,10年近く通っている床屋.澄んだ秋晴れの空とひやっと冷え込んだ朝のすがすがしさもあいまって,α波放出状態が自覚できるほどリラックスできた.科研費申請や講演など,ここ数日のせっぱ詰まった精神状態を脱して,良いアイデアも浮かんできた.
お気に入りの床屋の時間はいいもんだ.
