しらせに「のりおくれ」

image2月16日に無事「しらせ」に乗船.見晴らし岩で船に手を振る48次越冬隊を残して,北上を開始.

すでに二週間以上乗船している仲間もいて,どれだけ廃人になっているか興味津々だったが,あっという間の16日間だったらしく,結構まとも.

昭和基地を離岸してすぐに揺れが始まり,私にとってはいきなり環境が変わった.乗船が遅かった分,慣れの度合いも皆とは違い,完全に「のりおくれた」という感を強める.

さっそく越冬報告を執筆するようにとの指令が下っているが,船酔いで何も書けず,船上観測を見学する余裕もなく,結局,17日・18日と,ベットの中で寝たきりで過ごすことになった.かえって廃人度の高いのは,のりおくれ組の私のほう.

19日現在,アムンゼン湾に向けて東進中.


まだ…

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20m/s超の強風で飛び散った第一ダムの水しぶきが着氷している

...ということで,まだ昭和基地にいます.

実は,今日は早朝から夕刻の20:00まで,ずっと待機状態が続きました.スタンバイが解けるまで夕食時の飲酒も禁止.明朝のピックアップスケジュールは,なんと早朝の05:00とアナウンスされています.

こんなに焦っている「しらせ」もなかなか珍しいことです.南極海で起きているこんなとかこんな事件で,自衛艦「しらせ」が動こうとしているのかどうかは,定かではありません.

もちろん,帰路にも海洋観測のスケジュールがびっしりです.計画している研究者の要望にも応えなければなりませんので,グズグズしている暇はないんですけどね...


あらたな始まり

VLBI観測は昨夜に無事終了し,今,一風呂あびて無精ひげをそり落としてすっきりしたところです.がらんとした第一夏宿の食堂に一人きりでパソコンの画面に向かっています.徹夜の観測の疲れが心地よく体を包んでいます.外は予想通り,風速20m/sを越える強風.夏宿の壁にビュービュー吹き付けて,真冬のブリザードを思い起こさせます.こうして短い夏が終わり,オングル島にまた冬がやってこようとしています.

もう数時間もすれば,いよいよ昭和基地を離れなければなりません.48次越冬隊だけを残して我々は昭和基地を離れ,しらせに乗船して帰国の途に就くのです.

私の2度目の昭和基地滞在はこれで終了しますが,越冬中に得た研究試料の分析や論文・報告のとりまとめなど,南極に関する仕事はまだまだ続きます.惜別の念が募るのは確かですが,越冬という貴重な機会を与えられた研究者として着実に成果を出していくことが期待されているかと思うと,感傷に浸ってばかりはいられません.

昭和基地を離れるこの時点が,私の南極のあらたな始まりなのです.南極への情熱と思い入れを一層新たにしたところで,前向きな気持ちでここを去ろうと思います.

3月1日には,国際極年2007-2008が正式にスタートします.また,私が所属する北大・大学院環境科学院では,すでに「国際南極大学構想」に参画するための国際カリキュラムが動き始めていて,今年4月からは「南極学カリキュラム」も開講されようとしています.残念ながら私は助教という立場である都合で,講義を直接担当することはできません.もちろん私など霞んでしまうような立派な教授・助教授陣が担当されますので,私などいなくても,北大が世界に誇れるすばらしい講座になることは間違いないでしょう.そのような講座に裏方でサポートできる機会が帰国後にちゃんと用意されているというのも本当にありがたいことです.そして,南極越冬経験者として,また南極研究をメインテーマとする研究者として,この構想に積極的に参画し,将来の人材育成に貢献していきたいと,今からワクワクしています.

とりあえず,近々に下記の企画が札幌で開催されますので,お近くの方は是非足を運んでみてください.

Event Poster北海道大学 南極学カリキュラム 開設記念イベント
〜 ふしぎ大陸 南極を見に行こう!〜

ということで,昭和基地からのBlog更新をこれで終わりたいと思います.ご愛読いただいた方々,どうもありがとうございました.帰国まではまだ一月以上ありますので,折りをみて船上から更新を再開したいと思います.

最後になりますが,今回の昭和基地越冬では,大きな事故もなく無事に任務を完了することができました.これも,遠くから見守ってご支援いただた家族や友人や職場の多くの方々,そして,ともに南極で過ごした46次・47次・48次観測隊の皆さんのおかげです.心よりお礼を申し上げます.そして,帰国後もかわらずおつきあいいただきますよう,どうぞよろしくお願い申し上げます.


研究者根性

昨夜からVLBI観測.眠気覚ましに,48Ganちゃんと47多目的氏がピアノとサックスのセッションを聞かせてくれた.ウマすぎ.

image低気圧の接近で風が強い曇天.気温は高めだが,すっかり初冬の雰囲気.そんな中,航路啓開と海洋観測のため一時離岸していたしらせが早朝に戻ってきて,47残留組と48夏隊員の大半をピックアップしていった.私は観測中のためヘリポートに行けなかったのでWebカメラごしに見送る.たぶん,涙涙の感動惜別シーンが繰り広げられたにちがいない.残るは,私を含む47次2名と48夏の数人.明日の最終便ピックアップを待つ.昭和滞在もあと一日.

ピックアップを終えてすぐにカメラの視界からしらせが消えた.どこへいったのやら...(一旦弁天島沖まで戻った模様)

image昼食時に食堂に行ったら,掲示板に右のように書いてあった.

実は,今回のVLBI観測のために最終便まで47次隊員が残留することには一悶着あった.越冬交代した前次隊が最後の最後まで残ることはあまりよいことではないのだが,たまたま最終便が出る前日にならないとVLBI観測が終了しないというスケジュールだったことが原因.VLBIは国際共同観測なので,昭和基地だけの都合でスケジュールを変えるわけにもいかず,今回の観測が引継ぎができる唯一の観測でもあったので,なにがなんでも残して欲しいというのがこちらの希望であった.それでも当初は観測中の14日の帰還という線で話が進んでおり,交渉の結果,最終的に観測を終えた翌15日の帰還フライトにしてもらうことができたのである.

一時は,観測終了まで残留できると決まってほっとしていたが,その後にも,悪天が数日間続くという予想が出て,14日前半のピックアップを逃すと次のチャンスが16日以降にずれこむ可能性が大となった.そのため,14日中のしらせ帰還を要請される可能性もある,と再び言われたりもした.

現在の観測隊のシステムでは,私のような昭和基地の観測系隊員は,自分のプロジェクトでもないかぎり,観測の企画者で責任者でもある国内のプロジェクトリーダーから仕事を依頼されている立場にすぎない.しかし現場を預かる研究者根性から言えば,たとえ請け負いといえども,可能性がある限り引継ぎと観測の貫徹を主張する責務がある,というのが私の気持ち.47次神山越冬隊長には「ヘリを飛ばしてもらえないなら,船まで海氷を歩いて帰る覚悟もあるんですけど,いいですか?」と直訴までしたくらいだった.

この直訴が効いたのかどうかは定かではないけれども,海氷経由で船に戻ることが現実的に検討され始めた.その掲示を見ながら,これまでの経緯を思い出して「まさか精神論が実行懸案になってしまうとは」と驚きもしつつ一人でほくそ笑んでいたところ,横を通りかかった48次ハッシー隊員に「なに笑ってんの?」といぶかしがられた.

帰国直前になってこんなヒヤヒヤな思いをしてみると,犬たちを基地に置き去りにせざるを得なかった1次越冬隊員の菊池・北村さんたちのような気分にすらなってくる.夏とはいえ,厳しい自然との闘いは,南極「観測」オペレーションには避けられない問題としてまだまだ残っているのである.

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そういえば,今日はこんな日だった.だれの唇?


さよなら11倉庫

image昨日から本格的な11倉庫の解体が進んでいる.11倉庫は11次隊が建てたもので,昭和基地の棟の中では,史跡に指定されている旧食堂棟に次いで古い建築物であった.
前にも書いたように,「何か使いたい物があればそこにに行けば見つかる」とまでいわれたよろず倉庫だったが,「建築バブル」が過ぎて残置物資の価値が下落して不良債権化した.老朽化もあって,48次で建てた倉庫に役割を譲って取り壊されることになった.収納物の中には南極観測の歴史を感じさせるものも結構あって,田舎の土蔵にでも入り込んだような気分になったものだが,そういう空間がなくなってしまうのもちょっと寂しい気がする.新しい50年の始まりを象徴するような撤去でもあった.

今夜の夕食は,夏オペの打ち上げと誕生会を兼ねたパーティ.もちろん主役は48次.残留組の我々は隅の方でおとなしく御相伴にあずかる.会場の食堂に張られた横断幕には「壊す楽しみ,作る喜び」と書いてあった.カケヤで思いっきり壁をたたいて破壊する作業は,夏の間の重労働のウサを晴らすかのように楽しかったらしい.残留組も作業を手伝ったものの,一番面白いところはできなくて,出てきた廃材の始末を請け負っていた.

image南極観測50周年を記念して作成された歴代観測隊員の名盤は,結局管理棟の階段ホールに掲示されることになった模様.

パーティを早々に抜け出してVLBIの本観測に突入.大型の低気圧が接近しているようで,帰りのフライトが心配になってきた.


夏オフィス構想

日刊スポーツ同行記者のBlogで知ったのだが,次期観測船の就航で夏期の人員増が見込まれるため,夏期のオフィス環境を整備するための新棟建設案があるそうだ.

たしかに,現在の夏隊のオフィス環境は悪い.夏宿の合宿場みたいなところでゴロゴロとパソコン画面を覗きながら仕事をしている.しらせからの支援乗員とも同居なので,なにかと気を遣うことも多い.観測系の隊員は引継もあるのでそれぞれの部門の観測棟でオフィス仕事ができるけれども,これ以上人員が増えたり,外部の研究者が来たりした場合はかなり手狭になる.夏期のオフィススペースの確保は確かに必要.

しかし,昭和基地に人員が増えると言うことは,それだけの生活インフラへの需要も増えるわけで,造水・電力・廃棄物処理・食料など,オフィススペースにとどまらず全面的な検討が必要になる.特に,環境保全の面でいえば,これ以上昭和基地周辺で人工改変を加えたり廃棄物の排出を増やすのはどうかと思う.

そもそもキャパシティが増えるのは船であって,基地ではない.基地に持ち込むことができる物資量は増えて生活基盤を支える要素は増大するけれども,その分だけ余計に環境にインパクトを与えるということでもある.

むしろ,夏オフィスの機能は新造船にもたせたほうが良いのではないだろうか?どうせ基地でできる観測には限界がある.前にも書いたとおり,大気や電波観測はダメ,自然地理的調査もオングル島じゃたいしたことはできない.結局は,増員分は大陸や沿岸に出かけて調査する分にまわるだろう.それならば,輸送ヘリがあって生活インフラが完結した船を根拠地にしたほうがよっぽどましだ.少なくとも海洋域にいるので,環境への汚染も最低限に抑えることもできる.船と基地との輸送の手間も省ける.インターネットだって,昭和基地を経由した無線LANで可能だ.航空機でS17に来る人員も,最終的には船で受け入れるほうがよい.船の一番の弱点は真水だが,荷油送油とは逆の発想で,オングル島の水を船に送ることができるようなシステムを作ればよい.

毎年のように繰り返される夏期の土木建築工事も,そろそろ収束させてはどうかだろう.そうすれば,設営系の隊員を本来の観測支援に集中的に投入できるわけだし,研究者自身が土木作業をする必要もなくなるし,海上自衛隊乗員の支援もいらなくなる.これを機会に,公共事業的な従来のやり方をやめて,根本的に違う発想で夏オペの運営方法を検討したら良いと思う.

土木作業員に代わってあらたなスタイルの夏オペに必要と思われるのは,ホテルのマネージャーのような運営面をとりまとめる人である.人員の把握と宿泊や移動をマネージする重要性は増大するにちがいないからだ.また,研究・観測基地の意味合いを確保し機能的に運営するには,研究面のマネージメントをしたり,図書・地図・気象データなどの研究資料を整理・提供し,さらに観測の意義を解説をしたりするサイエンスインストラクターのような人も必要だろう.外国人対応には通訳も必要かもしれない.また調理・給仕・清掃に携わる人,野外活動を支援し安全を確保するフィールドのスペシャリスト,国際航空網に対応する航空オペのスペシャリストなども必要だと思われる.このような人たちのオフィススペースなら,昭和基地にあってもよいかもしれない.

単純に増員バブルにのるようなことはしないで,増員の影に環境に与えるインパクトや廃棄物処理など負の面もあることを考えたほうがよいし,観測に本当に必要なもの最善のものがなにか,ということを厳選する姿勢は必要であろうと思う.


IPY layer in Google Earth

今日も一日,VLBI観測準備.

国際極年(IPY)の企画の一つとして,世界に一億人のユーザーがいると言われるGoogle Earthを使って,IPYの活動や成果を配信しようというものがある.雪氷圏研究者のメーリングリストにアラスカ大のM.Nolan博士が投稿した企画提案メールによって知った(http://www.isde5.org/).

http://www.ogleearth.com/polar_network_link.kmz から,Google Earthで読み込むことができるIPYに関するレイヤーファイルの暫定版がダウンロードできる.

実際に試してみたら,シャクルトン卿の航海の軌跡やアムンセンの極点到達旅行,南極氷床の氷厚分布,B-15氷山の動き,オーロラの活動度など,興味深い極域に関する地球・地理データがたくさん登録されていて,Google Earthで表示できた.これがもっと増えたらすばらしい電子地球儀になることは間違いない.

残念ながら,昭和基地の情報はほとんどない.この企画に参加することも前向きに検討したらよいのではないかと思う.


しんがり

すでに日最高気温はマイナスで,風もあって寒い.ダムの湖面も凍結し始めた.

ドーム隊の殿軍がS17から昭和基地に帰還.航空組も昨日のうちにノボに到着しているので,これでドームオペレーションは終了した.しんがりのリーダー原ドクターは,一夏でくつろぎなら,たいした事故もけが人もなかったことに心底ほっとしている,と帰還の感想を述べていた.

昭和帰還組はドーム旅行で出たゴミの始末のため最後まで残留組に加わることになった.オペレーションの最後を廃棄物処理で終えるというのも,近年のJAREらしいやりかた.でも,最初からそう決まっていたわけではなく,あくまで47次の判断でそうなったまでのこと.理想的には,五者連レベルで,人員も日程もオペレーションプランに含めておくべき事項だと思う.

48次越冬でドームから帰還した福井君も,相変わらずの様子で,久しぶりの再会をお互いに喜ぶ.三浦・岩崎両氏はすでにしらせに引き上げているため会うことができず,通算2年半のご無沙汰となってしまうことを残念がっていた.

午後,引継ぎを兼ねたVLBI観測の準備を開始.


夏オペ終盤

image朝一の便で残留組設営隊員が昭和を後にしてしらせへ.48次設営隊員が作業を中断して見送りに集まる.

S17でずっとがんばっていた平沢さんたちが初めて昭和入り.すっかりひげ面になって,最初はだれだか分からなかった.

夏作業もそろそろ終盤.夏宿での給仕,各作業現場での手伝いなど,しらせからの作業支援も今日限り.コンテナ輸送道路の第一期工事は,風発から通称『原人窟』と呼ばれる旧地震計室までの区間の完成をもって区切りをつけたところで開通式が挙行された.

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道路工事には支援としてしらせ乗員が大勢投入されたので,式の準主役となった.まず宮岡隊長らの手によりテープカットがあり,「JAREでは久しぶりに地図に残る仕事です」と隊長が挨拶.引き続いて,バギーによる初走行.みな,大仕事を成し遂げた充実感でいい顔していた.

image私はすでにいなくなっているハズの人間なので,脇で控えめに式典を見守る.48としらせの初走行のずっと後ろを歩きながら,新道路の感触を踏みしめる.地形・地質屋としてまず感じたのは,「こりゃ林道のり面の地質露頭じゃん」ということ.まさか南極で道路脇の露頭を見ることになるとは思わなかった.

夕食は,しらせ支援員といっしょにバーベキュー.もう外でやるには寒い.


新装Cヘリポート

image48次夏オペ大型工事の一つ,Cヘリポート改装工事が終了し,初の離発着が行われた.

この改装は,現在工事中の道路を使ったコンテナ輸送の出発点として,しらせの後継船に搭載される大型輸送ヘリを離発着させることを目指して行われている.環境保全の見地から,アスファルトの使用は認められていないので,細長いアルミ板を組み合わせたものを敷き詰める工法でつくられている.

47-48の両隊長を載せてS17の撤収状況視察と沿岸の海氷偵察を終えたヘリが,そのまま新装Cヘリに進入し,かなり長い時間ホバリングした後に慎重に着陸.みごと成功.ただ,周囲の砂がこなれていないので,ものすごい巻き上げと吹き飛ばしが発生し,砂嵐状態になってしまった.

そして今日もまた一人,このヘリで昭和基地を離れてしらせへ帰還.新装Cヘリポートからの最初の搭乗者という名誉な役回りとなった.

午後,アンテナ島の北端,丁度北の瀬戸に面する海岸にあった小屋の解体・撤収作業.小屋は老朽化が激しく,倒壊や飛散があるとアンテナ設備に被害を及ぼしかねない,というので,ここ数日かけて残留者数人で作業してきたが,今日は床と基礎を取り壊し,廃材を片付けて作業を全て完了した.

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この小屋は,伝聞によれば検潮小屋として使われていたらしい(ちなみに現在の検潮小屋はAヘリポート下の西の浦にある).床を剥がしたら「JARE 1960」という測量基準点が出てきた.福島隊員が亡くなったJARE4のときのものだろうか?


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