すれちがい

夏休みの息子と街へ買い物.息子がしきりにポーチの中を気にするので何かと尋ねたら「すれちがい通信」だという.

DQIXが入ったDS所持者同士がすれ違うと自動的にメッセージがやりとりされる,というもの.オフライン版のtwitterみたいなものか...

それにしても,数時間札幌駅周辺をうろついただけで10人以上のメッセージをゲット.まあ,それ以上のことはないので親としても安心ではあるけれど,DQIXの普及率のスゴさに感心.


モノリスは迷子石

火星で見つかったモノリスは迷子石の可能性という記事.この記事に使われている写真の迷子石「Yeager Rock」は,2度ほど訪れたことがある.この礫の下敷きになっているのは典型的なティルで,ここの辞典のティルの項目で使われていたりもする.

紹介した記事は宇宙ネタなので,つい「The Right Saff」の影の主人公「Chuck Yeager」を連想してしまうけれど,この迷子石の名前との関連性があるのかないのか...ずっと知りたいと思っている疑問の一つだ.


夏休み

退避所があまりにも暑くてうるさいので,自宅で仕事することに決めた.それを正当化するために,今日から3日間夏期休みをとる.

結局,蓋を開けてみると,子供の夏休みの自由研究につきあわされる一日.

本人は市販のキットですませるつもりだったらしいが,市内の商店ではキットが見あたらず,かといってネットで買うには配送されるまでの時間がもったいないという.そこですべて手作りする覚悟を決めて,こちらにその救援要請を仰いできたというわけ.

GTOPO30やSRTM-Plusからデータを拾ってきて,小学生が作業できるようにデータをまるめて,標高ごとに彩色した図を出力.その後,スチレンボードとデザインナイフを買ってきて工作開始.

さて,どんなふうに仕上がるか...


タコシステム

今日も暑い.改修工事の騒音もひどい.二階建ての最上階にあるせいか,退避場所に使っているこの部屋は,1階や他の棟にくらべて明らかに暑い.

汗だくになりながら,10月からでかける調査の出張手続きとチケット手配.タコなオンラインシステムがどうしても入力をうけつけてくれない.「どこがだめ」とも指摘してくれないのでどうしようもない.

ふと思いついて,全角マイナスと全角ダッシュを入れ替えたら通った.たぶん,全角チルダと波ダッシュでも同じことが起きるシステムに違いない.ホントにタコ.


工事開始

ようやく今日から耐震補強工事が始まった.重機や杭打ちの音で騒がしい.おまけに真夏日の暑さで,仕事に身が入らず.


手のひらサイト

今日も暑い.窓のすぐそばの木で蝉が鳴いていてうるさい.

さるところから頼まれて,Webサイトをローカルで実行できるようにセットを作成. どこでも XAMPPで…というスクリプトが大変便利. いまどきUSBメモリーも数GB以上あるので,サイト丸ごとでも楽々はいる.手のひらにサイト環境がそっくり収まっているのか,と思うとなんだか不思議な気分.


夏本番

国際南極大学講座スイス実習の事前勉強会.スイス実習は今年で4回目.最初の2回は越冬中で不在,昨年はお呼びがかからず,ということで今年初めて引率で参加することになった.こんな楽しそうなことをもう3回もやってきたなんて...という感じ.

夕刻,実習の一行で大通りのビヤガーデンに繰り出す.めずらしく夏らしい夕方の大通公園は,長かったエゾ梅雨からの開放感に浸る市民であふれていた.平日だというのにみんな仕事してるのか〜?って感じ.


さみだれ

さみだれ式に入ってくる学会の仕事に忙殺される.

日中は暑いけれど夕刻にはそれなりに涼しくなるので走るのには丁度良い.


夕涼み

蒸し暑い一日.夕涼みがてら,学祭では禁酒のくせになぜかその当局が公認しているという支離滅裂な飲酒庭「」に誘われてでかける.

なかなか面白い会話ができた.


母国語解読

先週,さる学会の関係者の間で「影の重鎮」と称される女史が,退避所住まいの教授を訪問された.お茶話しにつきあって会話していると,いろんな研究者を長年に渡ってみてこられたようで,相当の眼通力をお持ちのようすがよく伝わってきた.

その女史が「最近はみんな日本語で書くのが下手になったわねぇ..」と嘆いておられたのだけれど,今日届いた学会誌を読んで,うん,もしかしてこの号もその一例か?と思ってしまった.

この号自体は,近年になく内容の濃い秀逸な号である.封を開けるなりカブリツキで読み始めた...のはいいのだけれど.どうもすんなり頭に入ってこない論文が多いことに気づいた.いよいよ私の理解力も年貢の納め時か,,,と覚悟して,じっくりとかみ砕くように読んでみたのだけれど,それでもなかなか頭に入ってこない.

そうこうしているうちに,先週の彼の女史の言葉を思い出して,このようなことだったか...と思った.

母国語で学ぶこと,理解すること,教えること,そういう機会が自国で保証され,そのレベルも維持されていることは,とても大事なことだと常々考えている.一昔前は,査読者や編集者が「てにをは」にもそれなりにこだわって査読していたと思うんだけれど,最近ではグローバルな研究者には甘くなってしまうのかなぁ,と思ってしまうのは私だけ?それとも学会員じゃない演者が大半,というのに気兼ねしたのかなぁ?

なにはともあれ,この号が届く前に女史の諌言を聞く機会があったおかげで,自分の理解力を疑わずにすんだことには感謝したい.

ということで,もうちょっとがんばって読んでみよう.内容が一級なのは間違いなく,母国語を解読しても読む価値のある特集号であることは確かなのだから...う〜〜ん,なんだか,してヤラレてしまっているような気がする...誰にって,グローバリぜーションに,ってとこかな...


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