南極 一覧

岩島

image週明けから開始するルート工作に先立ち,朝一で隊長指揮のもと四人で岩島まで氷状偵察にでかける.休日日課ということで油断して寝過ごしたので,朝飯を食べる暇なく出発.

孔を開けて海氷厚を測定しながらの行程.夏に融けた箇所はまだ20数センチの厚さしかない.

imageいつも基地から眺めている岩島だが,実物は意外に大きい.久しぶりに海氷側から昭和基地を眺めた.帰りに氷山でおみやげの氷を採取する.休日日課の11時のブランチになんとか間に合うように帰着できた.これぞ「朝飯前の仕事」ってか?

午後,喫茶店がオープン.昨夜のうちに係員総出で仕込んでいた手作りシュークリームをごちそうになる.中身は昨日開放された予備食の桃カンの果入りクリーム.これを食べながら,まだ環境科学棟に非常食を運んでいなかったことに気づいて,少しずつ運び始める.

久しぶりに札幌に電話したら,「弟の名前がかっこいいのはズルイ」と長男がすねていた.なんとか彼を説得しなければ...


帰郷?

倉庫に3-5年間眠っていて今次隊から使用可能となった予備食料が,今度は非常食として各研究棟や施設に配備されることになった.これから一年間,非常時のために分散して保管される.それ以上はさすがに使う気にはなれない年代物ばかり.午前中にその仕分けを行う.

数日前に痛めた腕がまだ治っていないので,片腕でゆるゆると作業することになったが,他のみなさんがよく働いてくれるので,ちょっと気が引けながらも楽をさせてもらう.

午後,これから本格化するルート工作に備えて,主要メンバーによりスノーモービルの始動と片付けの手順について確認.

昨夜上映された「南極物語」の余韻がまだ残っている.タロ・ジロとの再会シーンはいつ見ても泣ける.ボツンヌーテンも高倉健扮する菊池さんも,そして昭和基地も,私にとっては因縁深いものばかりだし...

ということで,なにかしみじみした映画をじっくり見たいとふと思い立って,夕食後に日本から持ってきたDVDを鑑賞する.題名は「バウンティフルへの旅」.都会で息子夫婦と暮らす老女が,20年ぶりに故郷をめざす,という淡々とした映画なんだけど,なんだかじーんと来るものがあった.

「南極物語」も,ある意味では再訪物語であり,アルプスの少女ハイジがフランクフルトからアルムのおじいさんの小屋へ帰っていくシーンも私のお気に入りの場面だし,どうも,私はこういうのに弱いらしい.

今回再訪している昭和基地で「バウンティフルへの旅」を観て,主人公の老女が「絶対に行くわ.心の底で感じるの.強い力が命じている.」とレベッカ・デモーネイ扮する若い女性に語りかけるシーンが一番印象に残った.

国内でのゴタゴタを振り切ってここまで来たことにちょっと悲哀や葛藤を感じるときもあるけれど,とりあえずこの地にいることに残りの人生をかけてみようか,と思い直す力をもらったような気がする.当初はそんなことは期待もしないで日本から持ってきたDVDだったけど,思わぬところで役に立った感じ.

映画っていうのはその人の観るときの条件次第でいろんなふうにこころに訴えかけてくるものだなぁ,とつくづく思った.


雛祭

image昭和基地の食堂にも雛壇が飾られた.娘さんのいる隊員もいるけど,現物での対象者は我が隊では若干一名.

雛壇左が,例の復活させた窓.夜間はオーロラ観測のための灯火管制によりカーテンを閉めている.

昨晩から外出注意令が継続して出されたままなので,管理棟内でぼちぼち仕事をする一日.


中の瀬戸

image宙空部門が西オングル島テレメ小屋で観測しているデータ回収につきあう.まだ海氷上のルートはできていないので,徒歩でテレメ小屋まで行く計画になった.

最大の難関は,基地のある東オングル島とテレメ小屋のある西オングル島とを隔てている幅30mほどの「中の瀬戸」.山岳部の大先輩に当たる1次越冬隊の中野ドクターによって確認されたもので,両島の間にあるという意味と確認者の名前を兼ね合わせた地名になっている.

image12月下旬までは結氷していたこの瀬戸も,1月にはすっかり開いて,それが現在もまだ凍っていない.瀬戸を流れる潮流が速いから凍りにくいのだと言われている.

今回のテレメ小屋行きでは,中の瀬戸が不安定に凍ってしまう前にゴムボートですっと渡っちゃえ,という方針で決行された.安全を見込んで,フィールドアシスタント隊員と野外主任の自分が参加して,特に問題もなく終了.


TV会議

image早朝,東京の小平第四小学校とテレビ会議.小学校には極地研究所の金尾さんが講演に出向いていて,その講演の一環で昭和基地とのTV会議が企画された.金尾さんと同じ地圏部門のよしみで,日本を出発する前から昭和基地からの出演を頼まれていた.これでひとつ約束を果たすことが出来てほっとしているところ.

黄頭での出演には,ちょっと気が引けるところがあったけど,昭和基地の実態を伝えるにはまあいいか,と不届きな開き直りをしてそのままカメラの前に座った.まだ昭和基地は夏の終わりの雰囲気で,ほんとに寒い南極らしさを出すのに苦労したが,我々の演出にそれなりに喜んでいただけた様子.裏方でがんばってくれた隊員のみなさんにも感謝.

読売新聞の取材もきていたようで,まだ消されていなければWebでも読むことが出来る.


リハーサル

image次男誕生に際して,越冬仲間をはじめとして国内からも多くの方々から祝福のお言葉をいただきました.Blog上で恐縮ですが,あつく御礼申し上げます.

昨夜は遅くまで比較的長時間オーロラが舞っていました.一日遅れではありますが,この南極の自然の神秘の光のもとで次男の誕生を迎えたこと,そして子供の輝かしい未来を祈って「光」と命名しました.

明日,日本の小学校とテレビ会議を行うので,そのためのリハーサルを実施.


誕生

午前中,全体会議

会議を終えてメールをチェックしたら,携帯電話のカメラで撮った赤子の写真が添付されていた.文面は無し.ハっと思って札幌に電話すると義母の「産まれたよ!」の一声.

なんと昨日のうちに急に産気づいてそのまま産まれたのだとか.入院するとかなんとかの予告もなかったので,いきなり子供の顔を見せられた感じ.

産院のかみさん曰く,「一言でいえば『ジャイアン』みたいな子」.

ということで,次男の誕生を一日遅れで昭和基地で知った父親でした.帰国する頃にはもう歩いているんだろうなぁ...私は地球の果てにいてなにもしてあげられないけれど,元気で良い子に育って欲しいと願っています.

これから冬に入り,我々のプロジェクトも本番を迎える.正直なところ常に危険と隣り合わせの観測になるので,子供のためにもよりいっそう気を引き締めて事にあたろうと思う.

午後,懸案になっていたGPSブイのデータ回収と再設置を行う.海氷の厚さは25cm.大手を振って上を歩くにはまだ薄い.

夕食後,相手を探していたドクターに誘われて,私にとっては越冬初麻雀を打つ.勝った.まあ,ビギナーズラックということで...


Wiki

休日日課を利用してWikiのカスタマイズ.


オペ会

オペレーション会議.

ResponsibilityかAccountabilityか...会議が長引くわけだ...やれやれ


当直

本当直.

今回の昭和基地再訪でたくらんでいた「計画その2」を一応完了した.これは,昨日からの当直業務で「どうせ本業に専念できないなら,これをやろう」とかねがね思っていたもの.

13年ぶりの昭和基地の第一印象として,その変貌ぶりと醜悪さが心に残ったことは昨年末にすでに書いた.その代表例は,完成当初には設備が必要十分に機能的にまとまっていた管理棟食堂が,これまでの13年間にそれぞれの隊が実施してきた内部設備の配置換え・追加・改装の積み重ねによって,雑然としたものに変わり果てていたことである.そこを,今回の越冬中に,自分の出来る範囲でなんとかしたい,というのがたくらみの動機.

管理棟食堂を雑然とした印象にさせている主要因は,私にいわせれば,食堂の場当たり的な使い方や物品の配置ということに尽きる.例えば,新しい物置台が作られていたり,AV機器の配線が追加されていたりするのだけれど,配線はむき出しスパゲティのまま放置され,どれがどれにつながっているのかを追うのさえ難しいし,物置台もその場にあったものを適当に並べてあるだけだったりして,本来の組み合わせが無視されていたりする.イベントのために臨時に作ったと思われる設備がそのまま使いっぱなしで残されていたりするのは最悪.

もちろんそれらが追加されたり変更されたりしたのにはそれなりの理由があったのであろうが,その意義には必然性が感じられないものも多い.それだけに,年月がたつに従って,その本来の意義が薄れ「そこにそうあったから」というただそれだけの理由で,根本的な吟味もなく惰性的に使われ続けていくことにもなる.最悪の場合は,全く別の用途に(しかもそれを使うのに最適とはとても思われない状況で)使われている物すらある.センスもへったくれもあったもんじゃない.

特に私が残念に思ったのは,食堂の北東角にある大陸と海氷が見渡せる窓が,無惨にも本棚の裏に隠されてしまっていたこと.この一角は,北向き(北半球で言う南向き)と東向きの窓が隣接する非常に明るい場所で,食堂の本来の雰囲気作りに大きく貢献していた一角であった.前回の越冬時には,薄暗い旧食堂を実際に体験してから管理棟食堂に引っ越したということもあって,新管理棟の誇るべき明るい環境を具現する一角として隊員の間でも人気の高い場所だった.実際,少しでも明るさを生活空間に取り入れることは,長く暗い極夜期を過ごす越冬隊の精神衛生上も重要な要素となる.

まあそんなこんなで,夏宿滞在期からずっと,昭和基地醜悪化解消プランの第一段として位置づけてきたのが,この「明るい一角」を取り戻すことなのである.

具体的な作業の段取りとしては,窓を覆っていた本棚をどこかへ移す必要がある.そのため.まず本棚の移設先を作ることから始めなければならない.あいにく,この本棚はすでに食堂の備品として登録されているので,どこかの観測棟へ持って行くわけにもいかない.そこが思案のしどころであった.

今回の当直の日をにらんで越冬交代後から念入りに食堂の調査を重ねてきた結果,移設場所は意外に容易に作り出せることが判明した.つまり,雑然と散らかっていたり,無作為に配置されているものを,合理的・機能的に再配置すれば,いくらでもスペースはできてしまうのである.これは一石二鳥.

結局,不要物品の廃棄や使用目的に合わせた物品の再配置によって,めでたく隠されていた窓を復活させることに成功した.

これにはオチがある.本棚をよけてみてようやく再会した私のお気に入りの窓は,実はガラスにひびが入っていたのである.

南極のブリザードは,どんな小さな隙間にも雪や砂を潜り込ませてしまう.もし,窓ガラスが致命的なダメージを受けていたとしたら,モロに強風を受ける位置にあるこの窓はとてもそのような環境には耐えられない.しかし,これまで,この窓から食堂に雪が吹き込んだという報告は聞いていない.幸い,管理棟の窓ガラスは,断熱性と強度が良いペアガラスになっていて,ヒビが入っていたのは室内側のものであった.そのため,これまでも問題なく使えてきたのだろうと思われる.

ここで,これだけ条件の良い窓をわざわざ本棚で封印してしまったのはなぜか,それはいつからなのかという疑問が残る.単に場当たり的に「ここに置こうか」として配置したのであれば,そのセンスのなさこそ昭和基地醜悪化の根源となるものだろう.

さらにガラスのヒビとの関連で推理をすすめると,そのヒビを隠すために応急処置として本棚を置いた,ということも考えられる.それならば,ヒビの入ったガラスを報告もしないで放置しておいたのはなぜか,という疑問が残る.本棚で隠してしまうことで,とりあえず人々の視界から厄介者が消えるのだが,逆にその記憶が薄れてしまって,しまいには放置されるに至ったという可能性もある.これもまた,一年に一度は必ず住人が入れ替わる昭和基地では,醜悪化がすすむ致命的な要因となる.

もう一つの可能性は,本棚を設置した時にはガラスは無傷であったが,裏に隠されていたために,なんらかの衝撃でヒビが入ったことが認識されずにここまできた,というものである.まあ,これならなんとなく許せるような気もする.けれど,一番条件の良い窓をつぶしてしまうというセンスはやっぱりいただけないし,知らないうちに危険な箇所が産まれていくという問題にもつながる.

いづれにしても「明るい日差しのコーナー」は復活した.ヒビは透明テープで補強する程度ですみそうだし,次に来る隊へ交換用のガラスを持ってくるように調達参考意見を出すこともできる.窓の復活作業をやって良かったと思う.本棚の移設スペースを作る過程でそのほかの物品も少しはより機能的に配置しなおせたとも思うし...

私が,当直業務のかたわら,食堂で一日せっせとやっていた作業を見ていた調理隊員が,「そういうことが気になるのは年寄りになった証拠だね」と言っていた.この,気が置けない越冬仲間の褒め言葉とも皮肉とも悪口ともつかないお言葉に「たしかにな」と自分でも妙に納得してしまったのは,ちょっと悲しいカナ?

また,これが何の権限もないヒラ隊員が独断で決行できる改革の限界かもしれないし,当直の本来の業務でもあるような気もする.今の当直の多忙さでは,そこまで気をまわす余裕すらなさそうなのも問題なのかもしれない.


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