極域年次

2009年も今日から後半.引っ越し業者が入ってバタバタと退去作業が始まった.

3月にデザインが決まったことを紹介した切手は,昨日発売だったんね.Conyさんによるとマニアックな議論が展開されているらしい.たしかに,IPYの正式表記は2007-2008なのに,日本の切手が2009までになっている.

実は,IPYの実施期間は「2007年3月始まり2009年3月終わり」の正味2年間.南半球の夏の活動時期を考慮してこうなったと聞いたことがある.その意味では,IPY2007-2008という正式表記のほうが実体を反映しておらず,逆に日本の切手のほうが本当の実施期間を正確に表現していて,決して間違ってはいない.

南半球の夏の終わりを年度の区切りにするという発想は「極域年次進行」とでも呼ぶべきものかもしれない.私は商売柄,極域年次を意識することがよくある.たとえば,論文に南極での調査実施期間を表記する際に,「200x Austral Summer」と書いて,xの部分を,12月時点での年とするのか,1月以降の年にするのか,で迷うことがよくある.IPY式に言えばxは12月時点での年になる.まあ実際には 2005-6 なんて書いちゃうんだけどね.

これは,日本の,3月末までの予算年度や,4月に新学期がはじまる学校年次と似ているとろがある.私なんかは「修論生の修了年度と修論提出年月日が違う」という箇所は,毎年のようにチェックをいれていたりもする.私に限らず,本来日本人は,そういう年次問題には敏感なはずで,実際には2009年の3月まで実施されていたとしても,2007-2008と表記することには寛容でいられるはずだと思うのだけれど,切手をデザインした人は,さすがに「極域年次」にまでは思いが及ばなかったのかもしれない.

実はこの切手ネタ,Coyoteの原稿を依頼されたときに,私のBlogを丹念に読んでいた編集者から「あの切手ネタでコラム1つ分くらい書けませんかねぇ」と言われていて,結局は分量の都合で割愛していた部分でもある.

当初の予定は,この切手デザインにかこつけて,昭和基地の郵便事情とJARE50周年(ひいてはIGY〜IPY)の話題,あるいは次数の不一致問題(隊の数は50にならないし,越冬隊は2つ少ないとか),そして温暖化問題にも言及しようともくろんでいた,2009問題については気づきもしなかったので,知ってりゃ話をふくらませて書いてたかも.


いよいよオサラバ

今日で6月も終わり.掃除のおばさんが来るのも今日まで.大学院に入学して以来,出入りはあったものの二十数年にわたって通ってきた建物(その中身)ともいよいよオサラバ.


大詰め

引っ越し準備もいよいよ大詰め.専門業者扱いの下見や実際の取り外し作業などに立ち会う.その他,薬品類を別の保管場所へ移したり,ネットまわりのケーブルを回収したり.


久しぶりのジンパ

スカイプで面談.初めての体験.iPhoneにいれたソフトでやったので,携帯電話の感覚とかわるところなし.

久しぶりの研究室ジンパ.昨年もその前も天候不良や所用などではずしていたので,ほんとに久しぶり.

院生の参加者は僅少.というか,めずらしく参加するという教員のためにわざわざ準備してくれていたような感じすら...


カイゼン

昭和基地からの情報によると,積年の懸案事項がようやく改善された模様.

よくやってくれたよ社長!...経験者が本気で苦情を入れないと実現しないのか,極地研も意識が変わったのか...実情はよく分からないけれど,生身の隊員としてはものすごく嬉しい改善の上位にランキングされるものだろうと思うよ.


再生完了

再生機の部品が複数の発注先から同時に届いたので装着.旧OSでないとFWをアップグレードできないとわかり,梱包済みの引っ越し荷物を開封して探し出す.廃棄してなくてよかった...

今のところ軽快に動作中.あと10年はがんばってもらえるかな...


暇つぶしの感想

学会支部研究発表会.いつも思うのだけれど,どうもここは居場所が違う.

昨日準備してきた論文の束にじっくり目を通す.基本的には2-3年前ぐらいに学会で発表されていて,昨年あたりに受理されている論文だから,学会に出ている人に比べて数年は遅れて最新情報を入手していることになる.やっぱり国際学会に出かけて行かなきゃかんかなぁ,と思うのだけれど,先立つものがないのも実情.

まとめて論文を一気読みして思うことは,我々でいうところの研究集会ぐらのノリで集まって議論して,内輪のレビューで国際誌に特集号を組む,という欧州勢のスタイルをマザマザと見せつけられているということ.極東の我々がどうやったらそこに食い込んでいけるんだろう,という悲壮感を覚える.情けない...


暇つぶしの材料

明日は支部発表会.その受け付け事務の時間の暇つぶし用に,溜めていたPDFを印刷したら,厚さが電話帳なみになってしまった.

QSRのBoulton記念特集は商売柄絶対に外せない号だし,そのちょっと前の「Modern analogues in Quaternary palaeoglaciological reconstruction」の号も必見.ただ,これらは,Bennらをはじめとする一派の私的独占に近い様相を呈しているので,気分的にはあまりよろしくない.

一方,QRには,オーストラリアの地理屋さんたちがデービス基地の近くでやっている氷河地形発達の論文があって,我々のセンスと共通するところが感じられて面白く読めそう(お互いに交流もあるのでスタイルに親近感が沸くのも当然かもしれない).彼らが「Moriwakiメソッド」と呼んでいるのは,セルロンで日本隊が20年前にやった風化度を指標にした相対年代法だ.ついでに,QSRの最新号にはOwenたちのエベレスト周辺の氷河変動復元の決定版が掲載されている.これは20ページオーバーの大作で,この方面では重要な一里塚になるようなクラスの論文だ.

これだけそろえれば,明日の午前中は十分にヒマをつぶせる(不謹慎で申し訳ない).引っ越しのゴタゴタでなかなかじっくり読めなかったのだけれど,これでだいぶ消化できるかな.

夕刻,北陸方面から,寒冷地形に進みたがっている学生の情報がはいる.上記の論文に興味がわくようなら,是非うちの研究室へどうぞ.


「劔岳」

我が心の山「劔岳」の映画を見てきた.反抗期気味の息子を無理矢理連れて行ったのだけれど,シアターの中を見回すと,まあ年齢層の高いこと.昨今の山の中とおんなじだ.

映画の出来はまぁまぁ.「CGも空撮もなし」というだけあって,ガチンコのロケ映像にずっぽり浸ることができる.劇場を出るころには,すっかり立山周辺を歩いてきた気分になった.

物語のカギとなる三つのルート(早月ルート,別山ルート,長次郎谷ルート)の区別は,このへんの地理に詳しくないと難しいかな,と思ったけれど,それぞれのルートから見える剱岳は,確かにその方向からの姿が描かれていて,現場に忠実.私などは,ストーリーはそっちのけで,今どのルートのシーンなのかをスクリーンに映っている剱の見え方で判定していたくらい.

劇中で柴崎が参考にしていた志賀重昂の「日本風景論」は,北大山岳館蔵書最古の和書でもある.劇中の表紙を見る限り本物の表紙をちゃんと再現しているっぽかった.劇中では書中に書き込みがいっぱいしてあったのだけれど,今からすれば「あ〜〜貴重な本になんてことを...」ってことになりそう.このような理解にも鑑賞前の知識が必要かな(マニアックすぎ?).

史実に基づいているとはいえ,あくまで「小説」の映画化である.本物の小島烏水はこの映画ほど剱に固執していたわけではない.強いていえばこの映画の中の小島は,JAC創始者に代表される当時の近代アルピニズムの先駆者達を集約・代表させた人物と考えたほうがよさそうである.

映画館から戻ってからというもの,息子は富山弁で話しかけてくるようになった.反抗期の彼にもそれなりに影響はあったみたい.


コンセプト

なにかと人や情報の出入りが多い日.その中の動きの一つで,7月末にやる南極大学の集中講義で昭和基地とのライブ中継が実現できそうになってきた.相方は本講座の講師もやっていてくれた樋口さん.

これまでのライブ中継を使った南極教室にありがちだった「エンターテーメント」の要素はバッサリ切り捨てて,「ごく近い将来の隊員候補に向けた実用的なレクチャー」というのを今回の基本コンセプトとすることにした.


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