「劔岳」

我が心の山「劔岳」の映画を見てきた.反抗期気味の息子を無理矢理連れて行ったのだけれど,シアターの中を見回すと,まあ年齢層の高いこと.昨今の山の中とおんなじだ.

映画の出来はまぁまぁ.「CGも空撮もなし」というだけあって,ガチンコのロケ映像にずっぽり浸ることができる.劇場を出るころには,すっかり立山周辺を歩いてきた気分になった.

物語のカギとなる三つのルート(早月ルート,別山ルート,長次郎谷ルート)の区別は,このへんの地理に詳しくないと難しいかな,と思ったけれど,それぞれのルートから見える剱岳は,確かにその方向からの姿が描かれていて,現場に忠実.私などは,ストーリーはそっちのけで,今どのルートのシーンなのかをスクリーンに映っている剱の見え方で判定していたくらい.

劇中で柴崎が参考にしていた志賀重昂の「日本風景論」は,北大山岳館蔵書最古の和書でもある.劇中の表紙を見る限り本物の表紙をちゃんと再現しているっぽかった.劇中では書中に書き込みがいっぱいしてあったのだけれど,今からすれば「あ〜〜貴重な本になんてことを...」ってことになりそう.このような理解にも鑑賞前の知識が必要かな(マニアックすぎ?).

史実に基づいているとはいえ,あくまで「小説」の映画化である.本物の小島烏水はこの映画ほど剱に固執していたわけではない.強いていえばこの映画の中の小島は,JAC創始者に代表される当時の近代アルピニズムの先駆者達を集約・代表させた人物と考えたほうがよさそうである.

映画館から戻ってからというもの,息子は富山弁で話しかけてくるようになった.反抗期の彼にもそれなりに影響はあったみたい.


コンセプト

なにかと人や情報の出入りが多い日.その中の動きの一つで,7月末にやる南極大学の集中講義で昭和基地とのライブ中継が実現できそうになってきた.相方は本講座の講師もやっていてくれた樋口さん.

これまでのライブ中継を使った南極教室にありがちだった「エンターテーメント」の要素はバッサリ切り捨てて,「ごく近い将来の隊員候補に向けた実用的なレクチャー」というのを今回の基本コンセプトとすることにした.


ラボ整理

引っ越しプロセス中の二つ目の節目.ウェットラボの引っ越し準備.ご協力いただいたみなさんお疲れ様.


捨てる神・拾う神

廃棄物から拾い上げてきたマシンの復活・延命作業.

このマシンには,冗長性が求められるサーバー群の一端を担わせるつもり.枯れたマシンが向いているとも言われるので丁度良いが,延命治療にかかる投資は格安新規マシンクラス.


腐れ縁

久しく青空を見ていない.まさにエゾ梅雨.

ブータンGLOFプロジェクトのJICA現地調整員として,なんとAYさんが派遣されるらしい.大学院入学時に机を並べて以来,エドモントン滞在時も含めて,20年以上の間,つかず離れずの感じで同じ世間を渡ってきている,それが今回もか...かなりの腐れ縁かも.

でもこういう仕事は彼女にはピッタリ.現地に居てくれるというのは非常に心強い限り.


地道に...

塩漬けから引き上げた案件は遅々として進まず.それでも少しずつ先へ進めるべく地道に作業.


いざ、南極へ

imageこのマガジンの「南極ガイドブック」のコーナーに記事と写真を少し提供した.このマガジンを置いている書店は多くないようだけれど,札幌だとLoftの紀伊国屋にバックナンバーもそろっておいてあるので,興味のある人はどうぞ.

学生時代の知人に,白川義員氏の南極撮影旅行の助手を務めたのがいて,そのつてで書かせてもらうことになったという経緯がある.植村直己・三浦雄一郎にならんで,北海道の山岳ガイド・プロスキーヤーの佐々木大輔氏も載っているこの号に,一緒に書かせてもらったのは非常なる光栄.


廃棄

引っ越しプロセス中の一つ目の節目.大量廃棄作業.これまでかけてきた段取りが功奏して,思ったよりも早く終わった.それでも残った廃棄物は夜逃げするしかない.

さんざん警告してきたことが現実になりつつある.後出しジャンケン,ごり押し,につきあわされるのはもうこりごり.事前警告は何度も発していたんだから,これ以降は断固とした態度をとらせてもらうつもり.


絶望=苦悩−意味

爆笑問題の日本の教養で全盲・聾の福島東大教授が出ていた.

「絶望=苦悩−意味」.「“−意味”を移行(HPママ たぶん移項が正解)したら、絶望+意味=苦悩」というのに妙に感心してしまった.

というのも,引っ越し作業は「絶望」以外のなにものでもないから.意味を見いだせずただ苦悩あるのみ,の作業だから...


飽きた

引っ越し作業,もう飽きた.でもやらなきゃ...四十肩には最悪だな...


1 … 96 97 98 99 100 101 102 … 266