野心的企画
定期で開催されている研究院アワーで野心的企画.題して「地球温暖化懐疑論がなぜまかり通るのか」.
要旨は以下を参照されたいが,もしこの企画が,学院あるいは研究院としてのなんらかのコンセンサスを打ち出そうとしているものであるのであれば,かなり危険だろうと思う.その危機感として感じるのが「PTの拒絶と受容」の中で俯瞰されている地球科学史の二の舞になってしまうのではないということ.
環境科学の教育機関の本命は,自ら科学的新事実を明らかにできる能力や様々な学説を吟味できる素養を育て,専門家と社会とをつなぐための科学サイドのリテラシーを養成することであって.IPCCのエバンジェリストを養成しているわけではないはずだというのが私の立場.温暖化狂想曲と言われることもある現社会状況に,なんらかの危うさを感じているほうが自然科学者としては正しい姿勢なのではないかと思うし,うちの修了生にはそういうスピリットを抱かせて社会に輩出したいと思っている.
自然科学者と社会や政治との関係のありかた,専門家集団の役割など,環境科学が宿命的に背負っている命題は大きい.かといって,それに明確な解答が与えられているわけでもない.その命題にいかに向き合うか,その心構えと科学的手法の訓練をほどこすことが,環境を冠する大学院に求められているのではなかろうか.
いづれにしても,研究院アワーでどんな議論が展開されるのか楽しみ.
080912研究院アワー
日時:9月12日(金)17時から18時ころまで、場所:地球環境研究院2F講堂
演題:地球温暖化懐疑論がなぜまかり通るのか-その意味と読み方を考える-
話題提供:池田元美、南川雅男(地球環境) 司会:岩熊敏夫 学院長要旨:「国際社会は、IPCCの報告書を鵜呑みにして、地球温暖化の危機感をあおり、その対策と称して社会に多額の負担を負わせようとしている。このような地球温暖化論や環境政策の方向は、国際政治を自国に有利に運びたいとする国家権力の策謀の産物であり、それに迎合する烏合の集団と化した環境科学研究者は正当な判断力や批判力を失っている」
このような主張を唱えた何冊もの解説本が書店にならんでいる。環境問題に関心の高い市民は多いが、その多くがかならずしも正しい判断を自分で下せる訳ではない。とくにこれから高等教育を受けようとする、中学生や高校生の純白の頭脳に、このような主張が染みこんでしまうことを想像すると、これは座視できない社会状況と言える。今回のアワーでは、一見専門家らしい著者らによって出版された何冊かの本の主張を紹介し、地球環境科学の専門家である我々は、これらをどう取り扱うべきなのか、何を考えるべきかを論議したい。
南川は、このような言論活動が生まれてくる背景と、そのような社会現象が期せずして浮き彫りにした、地球環境科学に内在する問題点を明らかにし、今後の環境政策と科学研究のありかたについて考えてみたい。
池田は、(1)懐疑論を提示する本の読み方、(2)それに対応した我々(専門家、準専門家=学生)の責務、(3)研究者の倫理観、について具体的な話で伝えたい。
話題提供に引き続き、この問題についての自由討論を活発に行いたい。
