日々の雑感 一覧

3日目

集中講義3日目.

これまで集中講義で話してきた内容のダイジェストが今日付けでアサヒ・コムに掲載されている.なんとタイミングのよいこと.

上記に加えて,これまた集中講義で話してきた内容に関する最新の研究成果(とういか警告)を伝える記事を発見.「球温暖化で欧米は寒冷化か 科学者らが警告」というやつ.ほんとにまあ,タイミングのよいこと.

受講生の皆さん読んでるかな?,どちらの記事にしても,最終日の試験に出るかもよ.


ところで,ネットで,ちょっと気になるニュースを発見.米政府の「健全な科学」政策に科学者が反発とうやつ.

環境や健康に関する勧告など、政府の規制事項に影響を与えるすべての研究に関し、同じ分野に関わる中立な研究者による徹底的な査読を導入するものだという。

 しかし科学者たちは、自分たちが慣れ親しんできた「査読」という言葉を、政府が勝手に都合のいいかたちで使っていると感じている。

ホワイトハウス版の「査読」では、政府や企業に都合のいい審査委員会が勝手に作られる可能性があるという。

と述べられている.国立大学の毒法化は基本的には米国を手本にしているだけに,下手すると,日本もこういう事態が起こりかねないところが恐ろしい.

環境に関しては,「京都議定書」に賛成しない米国が,「温暖化の根拠は科学的に証明されたわけではない」なんて声明を発表しているだけに,自分の研究分野にとっても先々心配な事柄である.


2日目

集中講義2日目.

基礎的な内容を教えるのは難しい.ついつい得意とする専門に走ってしまう.

物事を系統的に教えるのは大切なことだとはわかっているが,自分の経験からしても,そういうのって学生にとってはけっこう退屈なんだよねえ.そこをどうやって飽きさせずに教えるかが思案のしどころ.

でもまあ,集中講義という形式から考えると,たまには変わった話題で頭を励起させる機会を学生に与えてやってもよいのかもしれない...などと思いつつ,明日の講義内容について再検討しているところ.


1日目

集中講義1日目.

長時間話すのが,こんなに大変だとは思わなかった.経験不足を実感.ペース配分にしても,用意してきた内容の半分ぐらいを一日でやってしまったような気がする.残るあと二日分をどうしようか思案中.

パソコンでやるのとどうしてもペースがあがってしまうので,明日からは板書中心に切り替えよう.


釧路

午前中にM2の発表練習につきあってから,釧路へとやってきた.明日から教育大で集中講義.

宿泊しているホテルは自室から無料でネット接続ができる.Bフレッツの光通信らしく,速くて快適.

講義資料で忘れてきたものがあったんだけど,サーバーに入れておいたのが幸いした.ダウンロードして準備完了.


追い込み

いよいよ明日は修論の締め切り日.

一昔前までは(少なくとも私が院生だった頃は),修論の締めきり日前となると,DもMもみな総出で,あるものは飯を炊き,あるものは地図に色を塗り,なんてやりながら,M2の原稿を仕上げるのを徹夜で手伝ったものだ.パソコンもワープロもまだ普及していない時代の修論を読んでいると,ページによって手が違っていたりするのをみつけたりすることがあるが,それもまた当時の状況が推しはかられて,なかなかほほえましいものである.

最近の院生さんたちは,要領がよいのかバカ正直なのか,なんでも自分だけで抱え込んでしまうようで,当研究室では,あのあわただしくもほほえましい締めきり前夜の光景は見られなくなった.

修士論文を仕上げるのを手伝ってもらうのは,人に論文を書いてもらう,とういうのとは違う.むしろ,後輩のM1には1年後の自らの姿を思い起こさせる効果があるし,上級生のDの連中からは,間違いや改善点などを指摘してもらえるなどの重要な効果があった.まさに,院生どうしの切磋琢磨の姿がそこにあったのである.そうでなきゃ,わざわざ研究室という場で学んでいる意味がないじゃない?

院生時代が長くて,そういう風習が身に染みついている私は,教官サイドになってからも,必死で原稿を書いているM2を尻目に早々に帰宅するのが,なんとなくはばかられて,今夜もこうして研究室に残ってHELPを求めてくるのを待っている.しようがない性分だ.

でも,今夜はこれ以上待ってもM2はやってきそうにないので帰ることにしよう.そして明日は,鬼となってきっちり締めきりを守らせる役を演じなければならない.

メールで原稿がやりとりできる時代になったとはいえ,やっぱり修論は研究室で書かなきゃだめだよ(親の心子知らず…).


地域講演会

旭川にある道立北方建築総合研究所まで行って,雪氷学会北海道支部の地域講演会

交通的にはそんなに便利なところにあるわではないにもかかわらず,100名を超える来場者があって大盛況.

会場の研究所は数年前に完成したばかりの立派な建物.アトリウムの作りが,エドモントンに滞在していたときのアルバータ大のToryビルによく似ていて,懐かしく感じた.

雪を溜めて夏の空調に利用しているということで,貯雪室なども見せてもらい,よい経験となった.


ホワイトアウト

すごい雪.家路はすっかりホワイトアウト.短時間に相当降ったようで,ずっとスネのラッセル(←専門用語?).

この雪の中,手をつないだ男女とすれ違った.仲良く横に並んで歩いてくる.オイオイ,こんな時は男が先に歩いてラッセルするもんだろう,と思ったけど,私は彼らの踏み跡に助けられてしばらく楽をした.男の足跡はとびとびで歩きにくく,女の子の歩いた跡のほうが歩きやすかった.視界がないので何も考えずに踏み跡をたどっていったら思わぬ場所に出てしまって,ちょっと遠回り.

明日は朝一で旭川まで行かなきゃいけないんだけど,電車は動くかなあ...


当番

院生が機械を使いにくるというから待っていたのに,いつまでたっても音沙汰なし.待っている間に報告書をまとめていたら,そちらにすっかりはまってしまって,今夜の重大な仕事の時間を過ぎてしまった.あわてて家に帰って,あたふたと用事を済ませる

宿舎には月当番というのがあって,さらに特定の業務には年間を通して仕事をする担当幹事という仕事がある.実は,今夜の仕事はその年間担当幹事の仕事.仕事の内容としては,ホントは市の「ある担当局」がやるべきものだと思うのだが,それを肩代わりしてやっている,おそろしく大変な無報酬の仕事なんである.

昨夜のNHKアーカイブスで大規模団地に住む人々の生活を描いた「大市民」というのをやっていた.ちょうど私が生まれた年に放映された番組.

この番組にも「月当番」というのが出てきて,その制度をうまく使って,詐欺まがいの商法にやられた主婦がなんとか失敗をとりもどす,という場面がある.「ああ月当番か,うちもやってるよなあ...」なんて思いながら見ていた.

この番組は,当時の新しい都会の生活スタイルが出てきた様子を取り上げて,その問題点を探ろうとしたらしい.それも今ではすっかり当たり前になった.むしろ,その当時には予想もできなかったさらに新しい都会の生活スタイルさえできつつある.

ところが,私の住む宿舎は,依然として30年前の制度にどっぷり使っている感じ.実際の人々の生活スタイルは,おそらくその制度とは合わない,というか,制度を許容しないものになっているはずだが,人々はじっと耐えているようにも見える.

あの頃はよかった,なんて郷愁じみたことは言えるけれども,実際には後戻りなんてできっこない.ほんとに戻ってみたらきっと大変なことになるだろう.そんな大変なことを実践してしまっているのが,我が宿舎の制度なんである.

国家公務員宿舎の家賃が12年ぶりに値上げ,なんてニュースがあるけれども,月当番をやらなきゃいけないうちは値上げなんて...建物も結構古いし...毒法化したらどうなるんだろう...

もうすぐ私の担当期間は終わるけれども,今後のこともあるし次の幹事さんも大変だろうから,札幌市当局に,この仕事から解放してくれるように交渉してみようかしら...

ところで,院生はいつやって来るのだろうか...


48時間

このところ,『日々の雑感』の更新が2日ごとになっている.

自分では毎日何かを書き込むつもりにしているのだが,それ以上に時間が早く過ぎ去っていくのだ.

どうも,感覚的に『一日』と思っている長さが,実時間では48時間だったりするこのごろ.


コストパフォーマンス

氷河・氷床Gでパタゴニアの報告.

3年間の日高関係の科研費も今年度で終了.雑用の合間をぬって報告書をまとめる.もらった額にしてはまあまあの論文数というところか.

毒法化したらコストパフォーマンスも要求されるのかなあ...それならうちの研究室は理系のわりにはよくやっているほうじゃないかと思う.

前に,近しい人から「研究費もとれないところはダメ」なんて意見をいただいたことがあるが,「自分のとった研究費を論文数で割ってみろ,うちのほうがずっとコストパフォーマンスは上だぞ」なんて反論したことがある.しかし,数が多けりゃそれでいいってもんでもないし,そもそも科学・研究は金じゃないと思っているので,この反論は自己矛盾してる.でも,研究費がどうの,といって噛みついてくる輩には,たとえ自分のポリシーに反していても,こういう反論がいちばん効く.

でもやっぱり研究費は欲しいし,資金不足を業績が上がらないことのexcuseに使いたい時もあるだろうし...これ以上書くと,後々墓穴を掘ることになりそうなので,このへんでやめておこう.


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