13日の金曜日

再検査2日目.

地獄の腸内そうざらいの後,ファイバーを突っ込まれて中を覗かれる.二年前にも同じ事をやったので要領は心得てはいるものの,何度やっても慣れるというものではない.

尻に突っ込まれながら,検査してくれるお医者さんと,南極と地球温暖化の関係などについて世間話.なんとも無様な会話.「これをやらなきゃ南極に行かせてもらえないんでしょ?」との医者の問いに,「因果な商売で...」と応える.結局,大腸はまったく異常なし.

ゆるみきったお腹を抱えながら札幌まで戻る.これまた地獄の行程.


検査

再検査の一日目.

待ち時間に2冊読了.

所長が辞任していたことを知る.


上京

再検査と観測打ち合わせのために上京.


「北海道学」の講義の準備.

「虎」がやってきたので,とりあえずサブマシンにインストール.

教授の誕生日.山の神と同じなのでどうしても思い出してしまう日(個人情報に注意?).


定刻発車

連休明けの仕事再開.

道新に修了生の記事.DではMの研究は続けないらしい.今後のご発展を祈る.

今月末に回ってくる「北海道学」の講義の準備.テーマが漠然としすぎていて,なかなか焦点が定まらない.午後は,セーフモードから復帰しないパソコンやネット関係の苦情処理でつぶれる.

結局,買いだめしていた文庫本に手が行くことに.

手を伸ばしたのは「定刻発車—日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?」新潮文庫 三戸 祐子 (著).

今世間を騒がせている例のJR西の事故(平成17年4月25日発生)のために書かれたような本なのだが,実際にはすでに平成13年に刊行されていたものを今年の5月1日付けで文庫化したものであり,そのタイミングの良さには驚かされる.そしてなによりも,今回の事故について,マスコミを通じて日夜報道され続けている様々な解説や見解のほとんどが,すでにこの書によって明らかにされていることにも驚嘆するのである.

私はてっちゃんではないが,一応地理学を学ぶものとして,鉄道研究とはまさに時空と人間の問題としての地理学であり,究極的には社会のあり方を究明する窓にすらなるのだということを認識させられた.


雪?

朝から寒い.一月以上逆戻りした感じ.ちょっと窓に目を向けたらみぞれになっていた.

夏タイヤに履き替えたばかりなんだけど,今年はちと早すぎたか.

故坂本直行氏の蔵書を山岳館に寄贈して頂けるということで,宮の沢のお宅へ取りに伺う.


温暖化の〈発見〉とは何か

連休の間の活字不足に耐えかねて,買ったまましばらくほおっておいた「温暖化の〈発見〉とは何か」(スペンサー・R.ワート (著), 増田 耕一, 熊井 ひろ美(訳))を読み始める.

この手のは職業上の必読書であるとはいえ,個人的趣向にも合っている.基本的には科学史のジャンルに分類されるのであろうが,歴史書にあるような言い古された言葉の羅列ではなく,今まさに問題になっていることの経緯について詳細に書かれていて,専門的内容以外のところでもいろいろと参考になるところが多い.

まず,序文からして含蓄に富む言葉から始まっている.私はこの部分を読んだだけでこの本を高く評価してしまった程である.

本書の目的の一つは…過去の科学者が気候変化の不確かさとどのように戦ってきたかを学ぶことで,科学者の現在の発言の理由を正しく評価するための準備を整えることができる.さらに,科学者が重要な影響力をもつその他多数の問題にどう取り組んでいるかをよりよく理解することもできる.

また,地理屋として敏感に反応してしまう記述も結構多い.例えば,近年の気候学が非常にダイナミックな学問であるという印象になっていることに対して,1950年代頃までの気候学をこう評している.

教科書の冒頭では,「気候」という用語は気象データの一時的な上下をならした一連の平均値として説明されているー定義からして安定したものなのだ.

あるいは,

大学で気候学者を探すと,地理学科にはいるかもしれないが,大気科学科や地球物理学科にはいなかったのではないだろうか.

なんていうことまで書かれている.

新参者が幅をきかせているどこかの研究院じゃ,地理学は,その存在意義がそもそも認知されていないし,ましてや評価されるなんて夢にも思えないのだけれど,この『科学史』書上では気候学(温暖化科学)の老舗として地理学が認知されているのはせめてもの救いである.しかし結局は「ダイナミックな気候学」に取り残された悲しい学問領域であるというニュアンスが残ってしまうのは悲しい.

また,あいもかわらず,「斉一主義」の間違った側面をことさら取り上げて「安定した気候学」の時代を印象づけようとしているあたりなど,「科学史」書としてはいただけないな,と思う部分も多少はある.その一方で,「最終氷期」に関する注釈(p69)など,あぁこの著者はよく分かっているな,なんて感心するところも多い.

いづれにしても,理論上の概念の発見・(遠い未来に)起こりうる出来事としての発見・はっきりとした影響を与えはじめていて,さらに悪化しそうな現象としての発見,という三つの発見の段階の流れをつかみ,議論の断片のみが取り上げられてセンセーショナルに騒がれたり騒いだりすることへの科学的教養としての免疫を養うには格好の書であろう.

いわゆるモデル屋がどのような精神構造の上に幅をきかせるようになってきたか,とか,一部の活動家がいかに断片的な知識で素人をたぶらかしているか,を知るにも,結構ためになったりするかも.


開拓の村

image子供をつれて久しぶりに開拓の村へ.



散歩

まだ風が冷たいが,日差しが暖かい.

2年前に日高の稜線の藪こぎで腕時計を落として以来,千円で投げ売りされていたものを使ってきたが,どうも安物を使っているという感覚が抜けきらないのと,この時計にしてからツキが落ちたような気がしていた.

まだ使える時計がかわいそう,という息子の非難をよそに,ついに落としたものと同じのを再購入.

これでツキをとりもどせるか?


呼び出し

図化機操作指南のため,呼び出されて学校へ.

ついでに息子と北大内を散歩.


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