研究室らしく

GIS作業を集中して行えるように,実験室を整備.まだガラクタが残っていたりするけれど,なんとかそれなりに使えるようになった.

この実験室は,二世代前の環境科学研究科・環境構造学専攻・環境基礎学講座時代に,うちの研究室の前身の講座に割り当てられていた部屋である.現在,全国で活躍されている何人もの地理学者・地形学者がこの部屋で院生時代を過ごした.

一世代前の地球環境科学研究科に改組になり,改組から数年遅れてB・C棟が新築され,ようやく研究科のほとんどの人員を収容できるようになった.その際に旧来のA棟内の配置も変更されて,この実験室を他の講座に明け渡していたのである.

今回再び戻ってきたのは,分野ごとの専有面積を配分する取り決めによって,多めに配分されていた分野から少なめに配分されていた分野へ移譲されたことによる.結果として,オフィスは4階,実験室は2・3階と,やや使いづらい構成になってしまったが,思い出深い実験室が戻ってきたことはうれしい.かつての講座でそうだったような高度にアカデミックな雰囲気も一緒に戻ってきてくれるといいな,と思う.

しかし,この実験室,譲渡を受けてから一年以上たつのに,私が帰国して今回整理するまでは,まるで物置のように暗く薄汚い状態であった.とても創造的仕事ができる雰囲気ではない.そういえば,この状況はどこかで見覚えがある.そうだ「昭和基地」だ!まさにこれは「主体者不在」と「研究環境構築のセンスのなさ」により発生する荒廃のパターンなのである.

研究をどのように進めるかという教育は,教科書や文献を読ませたり講義を聴かせたりすることだけではない.院生と教員が一緒になって創意工夫しながら,研究室を整備・メンテナンスし,効率化・最適化を施していくことも大学院教育の一環だと思う.むしろ,どのような研究環境で仕事をしてきたかという経験のほうが,社会に出てから役立つトレーニングとしては重要なのではないかとも思う.


修理・復旧

研究室の不調PCをまとめて診断.壊れた部品を相互に取り替えたり,HDの中身のデータを移動させたり.

午後,低温の気候変動分野のゼミ.ついでにGIS機器関係のメンテナンスについて相談.


初ゼミ

image新学期がはじまって,初めてのゼミ.薬品取り扱いなどの安全講習を実施したのち,とりあえず半年間の全体スケジュールを決める.

ゼミ終了後,おみやげの氷で一杯.47次採取の氷は気泡のはじけ方が良好なので,楽しんでもらえたハズ.

そういえば,荷受けの際に本山さんから伺ったところによると,ドームで掘削された最深部の氷は低温研の冷凍庫に搬入されるらしい.たぶんもう到着しているはず.基盤から取り込んだとおぼしき石つぶのある部分の解析も北大で行われるらしい.といっても,分析者が北大の研究者だとは限らないらしいけど...そのときには立ち会わせてもらおうかしら.


クラッシュ連発

研究室のパソコンがいくつも不具合をきたしている.不在のうちにそうなってしまったものが多い.しらせから届いた荷物を開梱して整理する合間をみて,ハードディスクを交換したり,システムを入れ替えたりして,順次使える状態に戻す作業. 

全体を正常に戻すにはまだしばらくかかりそう.


もう届いていた

極地研での荷受けとデータの引き渡しを終えて札幌に戻る.研究室には,しらせから送った荷物がすでに届いていた.南極の氷もばっちり.これで,一連の南極行動は終了した.研究成果のほうはまだこれから.

研究室で荷物を開梱していたら,雪氷学会・南極OB会・AACHなどでお世話になっている大先輩がわざわざ訪問して来てくださって,いくつかの組織の今年度の運営体制について依頼と説明を受ける.

予定表は早い者勝ちで埋めて行くことにしたのだけれど,すでに9月まで半分以上埋まりつつある.


たった7人

image「しらせ」から送り出される物資を極地研で受け取る作業.日通や極地研の職員が手伝ってくれるものの,越冬隊員でこの作業に当たっているのはわずかに7名.つまり,この7名が極地研と密接に連携しながら昭和基地で観測を行ってきた隊員の全てなのである.たったの7人...

観測隊が帰国するたびに毎年繰り返される作業であるが,次の隊が動き出すまでにはこれらを整理しなければならない.昭和基地と日本との間を行き来する物資の総量は,一つの小さな研究所が一年ごとにまるまる入れ替わっているくらいの規模がある.しかもそれらは,全く異なる研究課題に対する機材・物資が行き来しているものだし,年代的な進歩に伴う更新や改良も含まれている.

はたして,こういうやりかたが効率的なのかどうかは分からないけれども,相当すごいことをやっていることだけは確か.


話はかわって,最近頭から離れないことへの考察.気分的にすっきりするための吐き事なので,興味のない方は続きを読まないほうが幸せかも...

本研究院・学院における「助教問題」は,教育理念とかそんなものの上に成り立つ議論や問題ではなくて,労働者としての人権・自尊心をかけた労働条件・人権闘争に属するものである...最近いろんなことがあって,つくづくそう思うようになった.

助教審査基準をそれなりに定めて,「しっかり審査しました」なんていう体裁を取り繕っているのは,あくまでも運営側の論理であり,お上向けの顔でしかない.基準作りや審査は,助教・准教授・教授体制へ移行する段階で過去をきれいに払拭しよう,とするための儀式なのであって,責任を持って院生を指導するための自律行為などでは決してない.私にはそういう風にみえて仕方がない.

過去には,正規の規定ではその資格がないにもかかわらず,助手に院生指導の相当部分を実質的に任せてきた明らかな事実がある.これは,ひいては教授・助教授の無能ぶりを示すことにもなりかねないきわどい事実でもあるのだが,審査側はそれを逆手にとって「助教として博士課程を指導するには終始一貫して修論を指導した実績が必要」などというとんでもない条件を設けることによって正当化し,双方にとって過去の全てをチャラにしてしまおうとしている.むしろ,ここでそのような審査の対象にされている助手こそが,旧規定ではその責務がなかったにもかかわらず,責任感と情熱だけに支えられて精魂こめて院生の指導に携わってきた者達なのである.逆に言えば,今回のような教育実績評価の際に,公的な資料として組み込まれない危険性もあったにもかかわらず,その役割を引き受けてきたのである.そのような助手たちに向かって,よくも「責任を持って院生を指導したことがありますか?それを正規の記録として出せなければ博士課程の指導をさせません」などと聞けたものだ.このような状況では「院生向けの責任感から審査基準を設けている」という審査側の言葉は,ただむなしく響くだけだ.

規定では指導できないことになっていたんだから,そもそも公式にそのような記録があること自体おかしいはずなのに...これだから,教育実績評価なんてあてにならないんだよね.評価される側として,今後先,何が評価対象になるかまで考えながら仕事をしていかないと,とんだ損を被ることになりかねない.今回がいい例だ.

規定外ということで,正規の評価に組み込まれない可能性があったにも関わらず,これまで助手という立場で大学院教育に携わってきたことは,研究・教育労働者としての自尊心からでもあり,その自尊心があったからこそ個人的な屈辱を乗り越えることもできた.これは人として生きていく上での信条の問題であり,労働者としての人権に属するものでもあると思っている.

運営側に「メンツは責任よりも下位」という意見があるということを耳にした.しかし,「教員人生のメンツ」と,教育組織として考慮すべき「学生への責任」とはまったく別次元の問題であって,同次元で序列化したり階層化すべきものでは決してない.メンツも責任も,別の次元においてそれぞれ最上位に位置するものだと思う.

もちろん私も「院生に対する責任と自律」を基準に助教審査を受けることにはやぶさかではない.そのような基準では正々堂々と審査を受ける心づもりもある.ただ,「メンツは責任よりも下位」と言ってのける詭弁や,過去に規定外の自助努力で行われてきた指導実績をうやむやにしてしまおうとする運営側の方針をみるにつけ,ビジネスライクに審査を受けるよりも,自身の尊厳をかけて審査に対処する必要があるように思えてきてしまったのである.そうしなければ,これから先,自分自身を精神的に支えていく何かを失ってしまうような気がして...なんとか収束させようと尽力いただいている方々には申し訳ないけれども,かくして私の助教問題は「メンツは責任よりも下位」と詭弁を弄する人たちとの労働条件・人権闘争になってしまうのである.

審査を受ける側として助教審査を経験してみて,今この組織に欠如しているものが何なのか,薄々見え始めたような気がする.私ならばなんとか耐えられるだろうけれども,欠陥が院生に人権的・精神的被害を及ばさないうちに,運営側が気づいてくれることを心から願う.もうすでに遅いかもしれないけれど.


荷受け

image大井埠頭に接岸している「しらせ」に物資を受け取りに行く.極地研へ戻す公用品をトラックに積み込む仕事は,ほとんど日通がやってくれるので,こちらは立ち会うだけ.やることは,自分の私物やおみやげ氷を受け取って札幌へ送付することぐらい.


しらせ帰国

image今日はしらせが帰国する日.箱根の解散会会場を早朝に出発して,しらせの帰国セレモニーが行われる晴海へ向かう.

出発時とは違って,しらせは喫水線を高く上げて入港してきた.燃料も食料もすっかり使い果たして軽くなったという感じ.氷海でさんざんこすってきた船底の塗装もすっかりはげて,過酷な任務を遂行してきたという風格を感じる.

セレモニーでは,統合幕僚長からしらせに第二級表彰が授与された.毎次行動を完遂するごとに表彰されているのか,南極観測50周年を迎えた今次行動だけの特別な表彰なのかはよく分からない.

夕刻,明治記念館で開催された文科省主催の観測隊帰国歓迎会に出席.


身体検査

早朝から南極観測隊帰国後の身体検査.夏隊員は受けなくても良いらしいので,越冬隊だけ受けることになっている模様.胸部と胃のX線検査,採血,採尿,心電図など,ちょっとした人間ドック並みの検査.

検査を受ける病院で,成田で解散してから全国各地に戻っていた仲間と2週間ぶりに再会.さっそく風邪をひいた人たちが多かった.その点では私は流行の最先端をいっていたということでもある.ドクターの一人は,帰国後にすかさず能登の地震被災地にボランティア診療にでかけていたとか.その行動力と貢献精神には脱帽.

image夕刻,今井通子さんと立松和平さんの誘いにより,観測隊の解散会を箱根にある今井さんの山荘で行うことになった.夏隊の何人かも参加して,夜を徹して飲み明かす.


研究者の価値

朝は冷え込んで積雪があった.午後,南極帰国後の身体検査,ならびに「しらせ」に荷物を取りにいく目的で上京.

羽田空港の滑走路に降りたら,東京湾の向こうに「しらせ」らしき船がいるのが見えた.しらせが晴海埠頭に帰国するのは明後日で,入管手続きは明日の予定のはず.明日の入管手続きを控えて,すでに湾内で待機しているということも十分ありうる.あのカラーリングと独特の船体を他と見間違えるはずがない.

明日の検査のために,病院近くの水道橋近辺にホテルを取る.このホテルには檜の大浴場がついているのだが,時節柄,宿泊客が少ないのか誰もいなくて独り占め.温泉宿にでも来ている感じで非常に快適.

NHKのクローズアップ現代で,科学五輪に出場経験のある優秀な人材の3割しか研究・開発の進路に就いていないという結果を報じていた.残りの7割は医者と金融関係が半々だとか.やっぱり,社会的ステータスや収入を考えると,科学的素質のある人材はそういうところに落ち着くんだなと思った.

実際,大学でも研究機関でも,研究者は業績をあげるのに汲々としているばかりで,世の中のレスペクトもないし,学生からも熱心に指導すればするほどアカハラだとかセクハラだとか自殺だとかで圧力をかけられるし,全くいいところがない.

南極観測隊にしても,主役の観測者・研究者が一番薄給でこき使われている.それなりの地位にある研究者は絶対に南極には来ないから,末端のポスドクや助手がかり出されているのが現状.でも実際,そういう研究者が一番役に立っているし必要なデーターを黙々と取っているのである.一方,医者はいざという時には確かに必要で頼りになるけれども,観測隊でもらっている給料に比例するほど働いているようには思えないし,観測隊の主役でもない(ハズ).

別に,観測隊の医者に恨みが有るわけでは決してないし,医者もそれなりに観測隊のなかでがんばってくれているのはわかっているのだけれど,本当に主役であるべき人が最も評価されてそれに見合った収入やレスペクトを得られるようなものになっていないのは,結局日本の社会の縮図である以上のなにものでもない.でも,せめて観測隊ぐらい,別の評価・給与体系で組織を作ってもいいんじゃないかなぁ...

まあ,考えてみてください.「南極観測隊では,医者は一番給料が安いです.それでも行ってくれますか?」といわれて,はいはいと引き受けてくれる医者がどれだけいるだろう?でも研究者は実際にそれをやっているんだよね.とにかく,自分の情熱を傾ける対象がそこにあるから,という理由だけで...

これで,科学・技術立国を目指す日本が滅んでも,それはそういう社会を作っている人々の自業自得な訳で,科学・技術立国を掲げる資格も素養も素地も,もともと日本にはなかったとうオチになるだけの話である.

やっぱり,世の中どこか間違っている.どんなに情熱的に科学への夢を語り尽くしたとしても,そんな世の中の現実を見て見ぬ振りをしているがぎり,若者に無責任な夢を見させているにすぎないのではないだろうか?こうして,教育にたずさわる研究者としては,大きな罪悪感に苛まれるのである.


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