当直
今日は当直.
はやくも,次の隊のための調達参考意見のとりまとめ作業が開始された.
今日は当直.
はやくも,次の隊のための調達参考意見のとりまとめ作業が開始された.
海氷の状態を衛星画像で確認したいが,なかなか晴れてくれないし,明るい時間も短くなってきて可視光領域での撮影のチャンスが少なくなってきた.赤外域のバンドを使えば暗い時間帯でも大丈夫なのだが,これにも一長一短がある.
この画像は5月14日のNOAA/AVHRR Channel 4の画像で,熱赤外領域(10.3〜11.3μm)の放射の強さ(放射温度)を測定しているもの.白いところほど放射が弱い,つまり温度が低いことを表している.海氷は海水に比べて温度が低いので白く写る.だから海氷の分布状況の把握にも使えるのだが,雲もまた同じように白く写るので,晴れた日でないと正確な海氷の分布は分からないのである.
NOAAの画像は気象部門にも使ってもらっているのだが,彼らには可視光領域のChannel 1よりもこのChannel 4の赤外領域画像のほうが都合が良いらしい.といういのも,高い雲ほど温度が低いので白くなるために,色で雲の高さを区別できるのだということである.赤外領域ならば暗くても雲を判別できるし,曇っているからこそ雲があるわけで,私が見たい可視光・晴天という条件とは正反対なのである.
ということで,この写真でも分かるとおり,東経40度線と宗谷海岸の海岸線が交差するあたりに切れ込みが入っている.これがオングル海峡の開水域なのである.リュツォ・ホルム湾内は全く問題外の開水域が広がっているのであきらめもつくが,よりによって,しっかりしていそうな北方の海氷のなかで,オングル島と大陸の間にだけイヤな切れ込みが入ってしまっている状態.
これから暗夜期に入り,Channel 4の画像を中心に見ていくことが多くなりそう.
朝一番で初期消火訓練.ブリでついたドリフトがまだ残っている状態で実施.今朝は非常に冷え込んだので,足下が悪い中を消火器をかついで走って気管が痛くなった.結局,日中も気温は下がって,今越冬最低のマイナス24度を記録.
午後,西オングルの宿泊組に怪我人が出たという想定でレスキュー訓練.もともと出ることになっていたお迎え隊にレスキュー隊になってもらって,本部との連絡体制などについて確認.
夕刻,南極大学の6回目.
「天才児を育てる」 「CCDの基礎(暗い対象を撮るために)」 「我々はどこからきたのか?我々とは何か?我々はどこへ行くのか」
今日一日かけて,新しいとっつきルートが完成した.ずいぶんと分岐が多くてちょっとややこしくなったけれども,冷え込む中で一日作業してくれた隊員の労を多としたい.これでいよいよ大陸への行動が始まる.でも,もう日が出ている時間が短いんだよねぇ...
アクセスカウンターがめでたく200000を記録.今日はなんとも盛りだくさん.
休日日課.それでも,とっつきルート整備班は出かけていった.
左の写真は,4/21にも書いた,今年のしらせの航跡を偶然映しているDigitalGlobe社提供の衛星写真(2/14撮影)の上にGPSで測位したルートをのせたもの.赤いこれまでのルートは,みごとに航跡を避けていた.丁度しらせが反転したあたりから南の海氷がなくなったので,岩島付近は海氷縁とルートとの間が狭い.そこで,オングル海峡側をやめて,岩島の西側に作り直す方針で,黄色で示したようなルートになる予定.
やっぱり,今後はしらせをオングル島より北上させないように要望したほうがいいと思うぞ.
今夜は,有志による居酒屋「くる八」が開店.バーのカウンターでの寿司と,調理場を利用した大衆飲み屋風居酒屋の二本立て.一軒目で寿司を食べ過ぎて,次の居酒屋で苦しむハメになった.
5/13日付けの朝日新聞の科学欄に地球温暖化と氷床融解についての記事が載っていた.その中に私の名前も出していただいている.
昭和基地では朝日新聞の衛星版を講読しているので,それで読んだ何人かの隊員から「いつの間に…」なんて声をかけられた.でも取材が来たのは,特に私が今南極にいるから,という訳ではなく,4/20に書いた「配管システム」の論文がらみで問い合わせが来ていたのに答えたのがきっかけ.
観測隊員としてではなく,その道の専門家として見られる方が気分はいいかな...「この記事のおかげで,実は私は研究者だったんだ,って隊の中で再認識してもらえるかもしれない」などと,へんな期待をしたりもする.
氷床底水流のことに関していろいろ返事したんだけれど,記事にはそのことは全然書かれていないのがちょっと残念.
オングル海峡の海氷が流れたとはいえ,とっつき岬と西オングルテレメ小屋へのルートは生きていた.残った氷は薄くなったり融解したりしている訳ではないので,海氷縁に寄りさえしなければ大丈夫だろう.
海氷状態にピリピリして,その盛衰に一喜一憂しなきゃいけない日常は,大陸から離れた島の基地生活者の定めのようなものだけれど,5月も半ばになったというのに,まだとっつき岬から上にも,西オングルでの宿泊もできていないというのは,なんとももどかしい.ドーム旅行なんかに至っては,ここから1000kmの旅をしなきゃならないのに,いまだに基地から出だしのほんの10km足らずの区間でモタモタさせられている.
内陸旅行や沿岸旅行は,基地生活とは別世界.南極の本当の姿を見ることができるし,そこで繰り広げられる観測隊の活動もまた,基地生活とは全く異なる要素が満載だ.隊として,この時期になってもその片鱗すら体験できていないというのは,ホントに残念なことだと思う.
そのうち存分に南極を体験できる日がやってきて,最終的に越冬を終えてみれば,今の時期にチマチマと海氷を気にしながら,ほんの10数キロのルートを保守していたことなど,ちっぽけなことだったと思うようになるのは目に見えている.それだけに,そのチマチマ作業に縛られている今日この頃が,なんとももどかしく思えて仕方がない.
焦りが禁物なのはよく分かっているけれど,はやくチマチマ作業から解放されたいという気持ちがあるのも正直なところ.これから暗夜期に向かって,ますます,このもどかしさが募っていくんだろう.そこを切り抜ける峠が,今越冬の精神上の最大の山場かもしれない.
...都合により,サーバーを変えました...
外出注意令は解除になったものの,まだ強めの風が残っているので気軽に外出できる感じではないのだけれど,海氷の様子を見に行ったり.除雪,飛ばされたドラム缶を回収,離れにある機器の点検とデータ回収など,ブリ後の後始末に追われる一日.
オングル海峡の開水面の深い青色に,あきらめとも嘆きともつかぬため息をつく.心の中もブルー.
コーナーリフレクタはなんとかA級ブリザードに耐えてくれた.昭和基地Nowに記事が載ったばかりだし,ここであっさり飛ばされてしまっては面目が立たないので,ちょっとほっとしている(さっそく記事に誤植発見.設置日は記事掲載日の4月26日で,5月26日ではありません).
日本から来た仕事を仕上げたのと,永年懸案だった論文の進展があったので,その点ではちょっと肩の荷が下りた.
今日でブリは丸三日目.午後になって視程が効いてきた.現れたのが,なんと波しぶきを上げる海面.
ブリで海氷が流されて,とうとうオングル海峡が開いてしまった.岩島をはさんだ北方の様子がまだ分からないが,とっつきルートが全滅していないことを祈るのみ.
一刻もはやく確認に行きたいけれど,この悪天はあと数日続く見込み.
一日30m/sを越える強風.まだ収まっていないが今次初のAブリに認定された.
外出禁止令が出ているので仕事場にも観測機器回収にも行けず,居住区で内職.国内からやってきた仕事やら,指針・マニュアルの編集やら.
午後に,禁止令は注意令に.それでも,外に出るには覚悟がいる.海氷が心配.