定例の
大潮になる時期に合わせて,定例の海氷潮汐観測用のGPSを設置.
昭和基地Nowに載せるために,コーナーリフレクタ設置の記事を執筆.
大潮になる時期に合わせて,定例の海氷潮汐観測用のGPSを設置.
昭和基地Nowに載せるために,コーナーリフレクタ設置の記事を執筆.
夏オペ以来懸案だったコーナーリフレクタの設置を敢行.実はもう一基設置しなければいけないんだけれど,それは請け負い元の許可が出てから.
これは,我々が南極に到着して間もない2006年1月24日に打上げられ,打ち上げ成功後に「だいち」と名付けられた衛星が搭載しているフェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダーの地上校正用の反射板.
私は地理学の分野で専らこの衛星のデータを使う側として非常に期待はしているのだけれど,センサーそのものの専門ではないのでリフレクタの効用については詳しいことはよく分からない.どうやら,衛星が発した電波を正確に衛星にはね返して,地上に明るい点が輝いているようにみせかけて,レーダーの性能を検証するのに用いられるものらしい.要するにレーダー探知をかいくぐる「ステルス」と全く逆の働きをするっていう代物なんだろう.
それにしても,ここまでくるのに,候補地の選定やらなにやらも含めてずいぶん待たされた.今日なんかは,好天が裏目にでて結構冷えた.外作業で細かい仕事をするのはきつくなってきたので,暖かいうちに済ませられるにこしたことはない.手伝っていただいた昭和基地工務店社長・副社長と通信チーフには感謝.
実は,「だいち」が無事打ち上がるかどうかもわからないうちから,このコーナーリフレクターを準備して昭和基地まで輸送してきた.打ち上げ成功の知らせを聞いたときは,持ってきたのが無駄にならずにすんだと思ったが,この5月から11月にかけて何回か昭和基地付近の観測テストが行われる予定で,今後は,テスト時に本来の性能を発揮できるように,付着した雪を取り除いたり,方向の維持をしたしなきゃいけない.なによりもブリに耐えられるかどうかが一番心配.
いづれにしても,昭和基地の光点がきれいに「だいち」に補足されることを願う.実際の受信画像も見てみたいなぁ...
氷が流れた所は依然として残っているものの,海氷厚も十分になってきたし,暗くなる前のかき入れ時ということで,これから海氷ルートを使った行動も多くなる見込み.そこで,そろそろやりましょうか,ということで午後から雪上車の運転講習を実施することになった.今回は,海氷上の行動に使う最軽量・浮上型の雪上車.
前回の越冬や今回の夏オペの氷上輸送で,すでにずいぶん運転している雪上車だけど,いちおう復習もかねて講習会に見学参加.夏オペ時は気温も高かったのでそれほど気をつかわずにすんだけれど,実際に寒さが増してきた今頃になってみると,暖気やら慣らし運転やら,出発までに小一時間はかかる立ち上げ作業の大切さが身にしみて分かる.
この立ち上げ時に,教習者が運転している間に「体操」の練習をしながら体を温める.
朝から風が強い.遠足が予定されていたが中止.遠足中止はこれで何度目だろう?夜になって外出注意令となる.
ナトリウムや硫酸など海からもたらされる風送塩によって化学的に溶かされてしまう風化,強風で飛ばされてくる氷粒や砂粒の攻撃によって削られる風化,凍結・融解や熱膨張などによって割れたり砕けたりする風化など,南極氷床縁には,岩石を風化させる要因がたくさんある.それらの作用を受けて風化が進んだ結果,左のような石ができあがる.通称「蜂の巣風化石」と呼ばれるものだ.ちなみに,昭和基地にある「蜂の巣山」は,丘自体が「蜂の巣風化」したものである.
昭和基地のあるオングル諸島を最北端として,南端のしらせ氷河まで続く宗谷海岸の露岩域は,北ほど風化がすすんでいる.これは氷床から解放された時期の古さに起因するのではないかと言われているが,まだ確定的な結論は得られていない.その最大の要因は,岩盤が氷床から解放された時期の年代がはっきり分かっていないからである.また,風化がどれくらいの速度で進行して「蜂の巣風化石」のようになるのかもよく分かっていないのだ.
岩石が現在のように空中に露出するようになってから何年たつか,というのを「露出年代」という.その測定方法の一つに「宇宙線照射年代法」というのがある.鉱物に含まれる特定の元素は,宇宙線をあびると核種変化を起こして別の物質を生成する.長い期間宇宙線を浴びれば浴びるほど,生成核種は増加する.そこで,宇宙線の照射によって生成された核種の量を測定すれば,岩石の露出年代に置き換えることが可能となる.
これを南極の場合に当てはめると,氷床の厚い氷に覆われていると,宇宙線は基盤岩までには達していなかっただろうから,岩盤の宇宙線照射年代が分かれば,氷床から開放されてからどれくらい経過しているかをおおよそ判定できることになる.
ここ数年の経験から,宗谷海岸域に分布する岩石の場合,宇宙線照射年代を得るには,「1回の測定」に最低でも10kgの試料が必要であることが分かってきた.実は,前回の越冬時にもせっせと年代測定用の岩石を採取したのだが,量が少なかったためにことごとく測定に失敗していた.その後の数回にわたる夏オペによって,最低10kgという数字がはじき出されるところまできたのである.
実際に基盤からこれだけの岩石をかき集めるのは結構たいへんな仕事.1回分ではこころもとないので,最低3回分は採取しなければならない.さらに今回は,表面の岩盤をはぎ取るのに加えて,写真にある簡易コアラーを使って,2mのコアも採取することにした.宇宙線がどのくらいの深さまで影響するかを知るためである.一本のコアではそれぞれの深さに応じた10kgの量は稼げないので,何本ものコアを採取しなければならない.そのため滞在期間中は早朝から白夜の夜中までぶっとおしで掘削することになった.
ボーリング作業中に,削り粉を流し出すための水流を見ていて,流された削り粉が基盤の突起の背後にドリフト状に堆積して「ドラムリン」のミニチュアが出来ているのに気づいた.同様の地形は火星の表面でも見つかっていて,かつて火星表面に水があった証拠ではないかと騒がれている(このへんの話については「雪氷」に書いた私の論文を参照のこと).やっぱりこれは誰がなんと言おうと「水流」の地形だよね.
休日日課の土曜日.4月の誕生会と花見パーティ.花のない昭和基地で少しでも花見気分を味わうために,食堂にブルーシートを敷いてお重の花見弁当風の夕食.
夏オペの野外観測で,生物・地物隊に同行してスカルブスネスのきざはし小屋に滞在した.この小屋は数年前に湖沼生物の調査プロジェクトのために建設されたもので,沿岸露岩域にある小屋の中では最新のものである.発電機もあって中の生活は快適.冬開けの沿岸旅行ではまたお世話になる予定.
小屋の前室には「A Coopきざはし」という棚が作ってあって,食料や雑貨が置いてある.昭和基地でも,こんなふうに菓子やカップラーメンを置いたらいいのではないかと思ったりする.
きざはし小屋は,海岸に階段状の浜ができていることから名付けられた「きざはし浜」という所にある.昔の観測隊はなかなか風流な命名をしたものだと思う.
この階段状の地形は,高海水準期から徐々に海面が低下したり陸地のほうが隆起したりして古い海岸線が相対的に上昇してきた痕跡で,隆起汀線とか海岸段丘などとよばれるものである(写真ではわかりにくいので平坦面を青い線で示した).最も低い段差は,現在の潮位差によってできる海食崖で,海氷の攻撃もあるせいもあって,かなり顕著に発達している.
きざはし浜の潮干帯には赤い砂の帯がみられる.これは周囲の岩石に含まれるザクロ石が砕けて砂になったもので,ガーネットサンドと呼ばれ,宗谷海岸露岩域の名物となっている.弱い波によって軽い鉱物が洗い流されて,比重の大きなガーネットだけが選択的に取り残されてできたものである.海岸にかぎらず,砂丘や湖岸でも,同様にガーネットサンドがたまっているのをみることができる(左写真は舟底池湖岸).
左の写真に写っている流線型の細長い小地形は「ドラムリン」と呼ばれるもので,氷河の流動方向に対して上流側(写真右手)に急傾斜面を持ち,下流側(写真左手)は緩やかに伸びる形態を示す.前回の越冬時にはこの存在には気づかなかったが,今回の調査で初めて確認した.
このドラムリンがある場所のすぐ上流側にはすりばち池(左写真)がある.この湖面は現在の海面よりも30m以上低い.
私の解釈では,氷床に覆われていた時期に,すりばち池の盆地状のところから氷底水がすくい上げられ,そのまま氷体の下を海へと流れた水が基盤岩を浸食し,上記のドラムリン地形を作ったのではないかと考えている.また,風化などのためにスカルブスネスで同様の小地形が残っている場所は比較的まれなのだが,ここはきざはし浜の段丘の最上位面ができたころの高海水準期には水没していた高さにあるので,海水や海底堆積物によって保護されていたために,今日まで新鮮なまま保存されたのではないかと解釈している.
とっつきルートがいびつな線を描いているのは,しらせが割った航跡を迂回するため.まったく余計なことをしてくれる…といったら怒られるかな…
西オングル島西方の海氷は,前にカシミールで予想したとおりの流出状況で,ルートは無事であった.氷厚も増加しており,もう雪上車でも大丈夫だろう.今回はパノラマ写真を撮ってきたので,それとつきあわせるために,再びカシミールをつかって同じアングルの図を描いてみた(クリックすると巨大な図が出るので注意).
マイナス15度のちょっと風が強い中で2回目の消火訓練.ホースから飛び散るしずくがあっという間に凍り付く.
今日の記事は,この水道の配管ではなくて,自然の配管システムについての話.
Natureの最新号(440-7087)にSiegert氏らの南極の氷底湖に関する論文が掲載されている.
雪氷学:南極の氷底湖は急速な流出によって連結している
Rapid discharge connects Antarctic subglacial lakes p1033
Duncan J. Wingham, Martin J. Siegert, Andrew Shepherdand Alan S. Muir
学術機関ならそのままWebサイトで読めるだろうし,日本語版も無料登録すれば概要を読むことができる.
同号にはこれに関連する解説も二編掲載されており,さながら特集号のような感じだ.
Lakes linked beneath Antarctic ice p977
Massive flows of water change perceptions of frozen continent.
Jim Giles
雪氷学:南極氷床の排水機構
Glaciology: Ice-sheet plumbing in Antarctica p1000
Garry K. C. Clarke
本論文は,ドームC付近にある氷底湖の水が氷床の下で実際に移動していることをInSarの衛星データを用いて明らかにしたもの.第二著者のSiegert氏は,過去に南極氷床底湖のインベントリーを出しているくらいの氷床底湖の専門家で,解説記事では筆頭著者のWingham氏をさしおいて「Siegert論文」とさえ言っていたりする.Winghamさん,かわいそうに...
実はこの論文には私の論文も引用されている.もしかしたらこれが私のNatureデビューかもしれない.嬉しいなぁ...こうなってはこの注目の「Siegert論文」の解説を書く責務が私にはあるにちがいないと思うので,ちょっと長くなるが思うところを書いておくことにする.なお,先日の南極大学を受講された生徒さんたちは,すでにこれを理解する素養はできているものと思う.
まず,氷床の下に水たまりがあることは,氷床コアを採取する前の事前調査で氷厚を測ったり基盤の地形を調べたりするためのレーダー探査や音響探査で一般的にあり得ることだと分かっていた.1960〜70年代にかけてのグリンランド氷床コア掘削プロジェクトが開始されたころにはすでに氷床の下にある程度の水たまりがあることは認識されていただろうと思う.特に,氷体の下に水があると表面が比較的平らな形になることが分かっている.氷床の表面高度プロファイルをとると,不自然に平らな所がでてくることがあり,その底に水があることが推測できるのである.今回の論文も,そのことを利用して人工衛星の干渉画像で氷床表面高度をとらえて,表面が平らな場所が移動していることをつきとめたものである.
南極氷床底湖としては,ロシアの南極基地の下にあるボストーク湖が有名.この湖は巨大なためずっと注目されてきた.特に,氷床の下で外界から遮絶された湖であろうとの見方から,湖が形成されてからの環境が維持され,もし生物がいるとすれば独自の生態系が形成されているのではないかと予測されている.このような特殊な環境を保全するために,現在では底まで掘ることを中断して,最適な調査方法が確立されるまでさらなる掘削作業を保留している.
今回の論文は,その意味では,南極の氷底湖には,ボストーク湖のような孤立した湖だけでなく,移動を繰り返している氷底湖もあることを実証した点で注目に値するだろう.もしかしたらボストーク湖も,過去にはこのような移動を経験していた可能性もでてきたわけで,予測されている「独自の生態系」や「孤立環境」の解釈を変えなければならない可能性も出てくるのである.
さらに,氷床底湖が移動しているということは,もしかしたらその流れが氷床の末端まで届いて,氷床下の融解水を海洋に放出してしまう可能性もあり,この点も本論文の重要な論点として挙げられよう.
実は,この論文にも引用されているように,私自身もD論やそのほかの論文で地形発達史学的に南極氷床下の融解水が排出された可能性を指摘してきたが,現在の状況で「移動」が確認されたのは初めてではないだろうか.地球科学には,現在起こっている現象をキーにしてそれを過去にも当てはめる,というのが基本原理としてあるので,今回の確認は,過去を推測する意味でも,「あり得ること」として重要なサポート材料になるわけ.
過去10万年くらいの地球規模の気候変動は,氷床・大気・海洋の相互作用で大きく変わってきたと言われている.特に,氷床の拡大は水を大陸側に固定して海水準を低下させる.逆に,氷床が融け出すと海水準が上昇するわけだが,その影響はそれだけにとどまらない.氷床の融け水や氷床から分離した氷山が徐々に海洋に流れ出したりしているうちは良いが,もし,それが急激に大量に発生すると,海水が冷やされ,海水の塩分濃度が希釈されることになって,海洋の大循環に大きな影響を与えると言われている.実際,北大西洋では,最終氷期末期から現在の温暖期にかけて,数回にわたってこのような現象が起きたことが分かっており,特に1万3-4千年ほど前には,氷河期から温暖期に向かっていた最中に急激な寒の戻りがあって,ローレンタイド氷床底湖あるいはその周囲に形成されていた氷河せき止め湖からのカタストロフィックな真水の流出が原因ではないかと言われている.
私は同様のことが南極氷床でも過去に発生したのではないかとの仮説の元,南極氷床の融解の歴史について研究を続けてきた.今回の越冬中に実施する予定の海底探査も,このコンテクストにのっとっているものである.衛星観測で一度に地表面を見渡すことが出来るようになった現代では,探検家時代のような新発見はないけれども,かつてヘディンが発見したような彷徨える湖が氷床の下に眠っているとなれば地理屋の血も騒ぐ.大陸氷床上に出かけていって直接氷床底湖を探査してみたいものだが,今は氷床周縁部で過去の痕跡を明らかにする仕事となる.
「Siegert論文」では水の移動期間を約16ヶ月と見積もっており,これではカタストロフィックというには流量が少ない.解説を寄せているG.Clarke氏はその中で,「Siegert論文」を南極氷床研究の転機になるものと評しているが,一方ではこの流量が少ないという点を強調して,「catastrophistさんたち,ぬか喜びになるかもよ.残念でした」って感じで,かつてQSR-24 (2005),1533-1541で氷底水流派の論を酷評したように,あいかわらずgradualistの立場を貫こうとしているようにみえる.
これは私にとっても重大な挑戦状だ…と思って,これからのプロジェクト本番にむけて一層気合いを入れなおしているところ.
写真コンテストに出す写真を選んでいて,思わず夏オペ中の写真に見入ってしまった.特に何もないときは野外調査の記事でも書こうかと思う.今回は,昨年12月の南極到着直後に,最初に訪れた露岩「ルンドボークスヘッタ」.
この湖は,ノルウェー語の地名を和訳したものにちなんで「丸湾大池」と呼ばれている.現在は氷床の末端が直接湖面に接して池を涵養しており,池自体は海からは切り離されて,そこから小川が海へと流出している.おそらく,6000年くらい前の高海水準期には池と海洋はつながっていただろう.実際,現在の海岸線から20mくらいの高さまでには,貝殻などの化石を含む堆積物が載っているのをみることができる.氷が張った池の上から,前次越冬隊の地学と今次夏隊の生物部門共同で,湖底堆積物採取が実施された.
これは採取した堆積物を半割にしたところ.緑色に見えるのは微生物の死骸が積み重なったもので,さわると羊羹のようにグニュグニュする.その間に白っぽい岩石質の細かな堆積物が挟まれている.おそらくこの縞模様は季節変化や数年単位の寒暖サイクルを反映した「年層」に近い物だと思われる.
氷床に近いだけあって,基盤岩の表面は新鮮.典型的な羊背岩が分布する.その上にはこれまたきれいなS-formもスーパーインポーズしていて,氷の浸食と氷底水流の浸食の関係を見るには非常に都合がよい.
せっかく南極にいながら,こう言ってしまうのはくやしいけど,平凡な一日.
日本からの,とある問い合わせに関してエドモントンのShaw教授と久しぶりにメールでやりとりした.その関係で,持ってきた文献やら電子ファイルやらをひっくり返して一日中調べ物となる.
期限付きの秘密事項なので詳細はまた後ほど.